【口福のおすそわけ 440】牛丼の履歴書 竹内美樹

  • 2022年12月15日

竹内氏

 牛丼チェーン店の市場規模は、牛丼御三家と呼ばれる吉野家HD、「すき家」と「なか卯」を有するゼンショーHD、松屋フーズHDの大手3社で4124億円(2021~2022年の最新版データ)、店舗数は22年7月時点で4578店舗にのぼる。今や国民食とも言えるが、ルーツをさかのぼってみると、意外な事実が判明した。

 現在、吉野家とすき家、なか卯は「牛丼」、松屋は「牛めし」という名称で販売しているが、内容は同じだ。ご存知の通り、薄切牛肉とタマネギをしょうゆベースの甘辛いタレで煮たモノを、丼のご飯に載せた料理である。だが何と、発祥当時の牛丼は、みそ味だったのだ!

 日本では仏教の伝来以降、獣肉食の禁忌が浸透してきたが、全く食べていなかったワケではない。歌川広重の浮世絵「名所江戸百景」に「山くじら」という看板が描かれているが、コレは猪肉店のもの。江戸時代、猪肉は「山くじら」または「ぼたん」、鹿肉が「もみじ」で、馬肉は「さくら」という隠語で表現され、肉を食べることを「薬喰い」と言った。

 だが、農耕に不可欠だった牛を食用とする文化はほとんどなかったため、文明開化と共に牛肉食が奨励されるようになっても、血抜きなどの技術が低かったから、肉が臭かったらしい。そこでぼたん鍋を参考に、みそで肉の臭みを消した料理が誕生する。それが明治時代にはやった「牛鍋」で、それを丼メシにぶっかけたのが「牛飯」。つまり、当初はみそ味だったのだ。

 東京の牛鍋屋の数は、明治10年には550軒を超えたといい、瞬く間に人気を博した。同時に牛飯屋も流行する。理由は安さだ。屋台などでも販売されていた牛飯の具は、内臓やすじ肉などを煮込んだ物だったから、安くて栄養満点な、貧しい庶民の味方だった。

 当時は「カメチャブ」とも呼ばれた。外国人が犬に向かって「Come here」と呼んだのを「カメや」と聞き間違えたようで、カメ=犬。チャブはちゃぶ台と同じく食事を意味するそう。まさに犬の餌だが、実際、犬しか食べられないような硬いすじ肉を、トロトロに煮込んでおいしくしちゃう日本人って、スゴイ!

 その後、東京都内にも食肉加工施設ができ、肉質が良くなったこともあり、牛鍋も徐々にみそ味からしょうゆ味にシフトしたと言われる。決定的だったのが関東大震災で、東京の牛鍋屋はほとんど閉店に追い込まれ、そこに関西からの出店が相次ぎ、関西で主流だったしょうゆ味の「すき焼き」が持ち込まれたとされている。

 明治32年、東京日本橋の魚河岸の一角で創業した吉野家が、「牛鍋ぶっかけ」を「牛丼」と称して以来、牛丼という名で親しまれるようになったとか。また、戦前の具材の定番は肉と長ネギだったが、夏の収穫量が落ちるので、チェーン化する際、年間を通して安定供給が可能なタマネギに代わったとされる。同じく、長時間煮込まなければならないすじ肉から、薄切り肉に代わったというワケ。

 いつもながら思う。先人達の創意工夫に感謝!

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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