コンサルタントのリョケン(佐野洋一社長)はこのほど、「令和3年 旅館の経営指針」を発表した。「高収益経営へ Chance to Change!」をテーマに、コロナ禍の今こそ、経営のあり方を変革することを提言している。膨大な「指針」の中から、今回のテーマ「高収益経営へ Chance to Change!」の項の一部を紹介する。
◇ ◇
旅館業界がコロナ禍で何を失ったか、また何を学んだかを整理します。
(1)コロナ禍で失ったもの
大半の旅館でキャッシュ不足を補うための借り入れが行われ、負債比率の上昇を招き、財務バランスが大きく崩れました。出勤調整や人員整理を経て、正常な営業活動再開には支障ある状態のところもあるでしょう。サプライヤー(委託外注先・仕入れ先)の喪失につながったところもあるかもしれません。これらは短期的に解決を図るべき課題ですが、ぜひ立ち止まりご判断いただきたいのは、そのままコロナ以前の状態に戻すのが正しいのかどうか、という点です。これを機に何かを変えていくとすれば、そのようなチャンスは今をおいてありません。
(2)コロナ禍から学んだこと
a.感染症危機で実感したこと
コロナ禍でも落ち込みが小さく、比較的堅調な営業状態を保ったのは、個人客主体のいわゆる小規模高質型旅館です。ここから、
・個人客はフットワークが軽く、手堅い
・ファン客から支持されていることの強さ
・独自価値、独自集客力を有する強さ
が浮かび上がります。反対に大型旅館や外国人客を多く受け入れてきたところには厳しい現実となりました。営業規模や運営スタイルなどにおいて、どれが「良い」「悪い」ではなく、感染症のリスク下でこれらの強みが顕著に表れ、今後の経営を組み立てるにあたり前提として織り込んでいくことが、このたびの学びを生かすことになります。
そして私たちの骨身にしみ渡ったのは、
・衛生意識と衛生習慣
です。これほどまでに強く、隅々まで衛生の意識と習慣の徹底がされたことは、おそらくかつてなかったでしょう。私たちはコロナ禍で学んだ「新たな常識」を今後にしっかり生かし、伝えていくことが大切です。
b.危機への対応を通して獲得したもの
コロナ禍で多くの旅館では、運営ノウハウに関して、
・感染防止オペレーション
・個人客オンリー対応へのシフト(業務運営、施設利用)
・マルチな業務体制と人員配置のシフトによるスリムな運営
・外注義務の内製化(自力でやる)ノウハウ
などの経験を積まれたことと思います。これらが機動的に行われたところは、間違いなく今後に生かせる重要な資源を獲得したことになるでしょう。また、営業面では、
・宿泊客を持つ以外にも売る術はある
と感じたところもあるかもしれません。ある施設では持ち帰りや仕出し・配達、また別の施設では通信販売(オンラインショッピング)を模索し、開始しました。これらはいずれも「宿泊以外の売り上げ方法」として考えられたもので、当たり前になっている「常識」のどこかを変えたり外したりしてみることにより、思いもよらなかった商売発想が出てくることを教えてくれました。
コロナ禍で危機感を共有することで、
・社員の緊張感と結束
が醸成されたところもあったかと思います。「万能の活力源」となりうるマンパワーの可能性を引き出すようなマネジメントが大切です。
c.危機に備えることの大切さ
コロナ禍で、非常事態に耐える元となるのはカネ(資金)であり、財務の健全性を確保しておくことの大切さを改めて学びました。
・手元流動性の大切さ
・金融機関との信頼関係
・安定的な自己資本比率
手元流動性は、現預金や、換金可能な有価証券などの資産がどれくらいあるかを測るものです。ここを常に厚くしておくことを意識しておきたいものです。しかし、手元資金だけでは賄うに足りない場合の融資のために、金融機関との信頼関係を築いておくことが大切です。また、自己資本比率は融資の際に金融機関が真っ先に着目する点ですので、この比率を長期的に高めていく構えを持つことも大切です。
◇ ◇
(1)高料金化戦略
宿泊業が流通業などと大きく異なる点として、1日の販売数(客数)に限りがある、ということがあります。大多数の旅館にとって「薄利多売」は商売として成り立たないのです。
ここで一つ結論を申し上げます。旅館業において高収益経営を目指す「起点」は「高料金化政策」にあります。「価格は最高の経営方針」です。経営活動の仕組みは価格に集約され、結果として経営体質を方向付けるのも価格です。「高料金化」といっても、いきなり高級旅館を目指すべきなどと言うつもりはありません。しかるべき収益が見込める付加価値の確保を考えた値付けや価格操作をもっと意識していきましょう、ということです。これまで多くの旅館が、自館の現状や競争相手との位置関係に照らしながら、「これくらいが妥当だろう」という値付けをしてきたかと思います。それはそれで必要な商売感覚でしょうが、問題としたいのは、そこに戦略思考に基づく「経営思想」が乗せられていたか、ということです。
商品力と収益力は因果関係にあります。価格設定は商品力から収益力へと向かう矢印の中間にありますが、「この価格で売るための商品はいかにあるべきか」という逆向きの思考を持つこと、そのような経営の組み立てをしていくことが大切です。
(2)高料金化を目指す戦略方向
高料金化を目指すための、いくつかの戦略方向を以下に掲げます。
a.品質重視経営
高料金化政策において、高品質は確保されるべき普遍的なテーマです。特に旅館商売ではそれが言えます。ネットに書き込まれているクチコミの中身がそれを物語っています。ですから旅館商売では、「品質重視経営」が立派な戦略として成り立つのです。
b.個客重視戦略
「個客」重視とは、お客さまをもう一度「個」で捉えるということです。人間関係のように、旅館とお客さまとの個別の「お付き合い関係」をつくり上げていくことです。そのためには、お客さまの「情報と心」にもっと迫り、それを「もてなし」に変えて表現する必要があります。それは、例えばたった一言の会話、1枚の葉書でも実現できることです。
c.ターゲット転換戦略(誰に、どんな時に)
これまでとは異なるターゲットを考えてみましょう。ターゲットとは、「誰に(客層・エリア)」と「どんな時に(利用の目的・時季・場合)」の組み合わせ、いわば「顧客の内容」として考えます。
d.コンセプト戦略(何を)
旅館のコンセプトイメージを変え、お客さまにとってのポジショニングを大きく変えてしまう戦略です。方向案として、(1)現在の施設にはないコンセプトを盛り込むイメージチェンジ作戦、(2)自館外のコンテンツの取り込みやそれらとの連携による、お客さまの理想をかなえる商品造成、(3)単なる「客室」や「料理」ではなく、そこに意味を盛り込むことにより独自性を持たせ、提供価値の位置づけを変える―などが挙げられます。
(3)コスト戦略
「戦略的なコスト低減のための投資」を考えることが大切です。旅館業は「備え(装置)」でもうける商売です。しかし近年、その構造が崩れてしまってきているように思われます。しかるべきイニシャルコストを掛け、ランニングコストを下げる方向をもう一度視野に入れていただきたいと思います。
例えば、バックヤード業務を合理化するための改善投資に着目ください。部分的な見直しをするだけでも効率が大きく変わる場合があります。機器類のレイアウト変更による作業動線の合理化や、冷蔵庫、移動温蔵庫、スチームコンベクションオーブンの導入などが検討されても良いと思います。
省エネのための設備機器導入も考えられます。大きなエネルギーを消費する冷暖房や給湯ボイラー周りにおいて、運転監視システムなどさまざまな機器、技術があります。
近年はICT化が焦点です。予約管理システムにスマホなどの移動端末や大型モニターを連携させた業務支援システムによる合理化、ネット活用(ネット販売やSNS)における管理業務の作業性向上、情報集約の簡便性向上などの局面での威力発揮が期待できます。
これらは、ランニングコストの低減を通して収益構造を変えていく可能性を秘め、中には必ずしも多額の資金投入をしなくてもできる小さな投資もあります。ただし、行う場合には、「レバレッジ(てこ)効果」による収益構造の改善を意識することが大切です。「何年で元が取れるか」を試算しましょう。
◇ ◇
ポストコロナへの転換は、ウィズコロナの今から、今こそ
コロナ禍により平時のやり方がいっぺんに通用しなくなり、否応なく見直さざるを得ない状況となった今こそが、まさにそのきっかけとすべき時ではないでしょうか。
・戦略的経営に踏み切るチャンス
・新しい発想を取り入れるチャンス
・社員の意識と結束を生かすチャンス
ポストコロナ経営では何らかの変革が必要となります。ウィズコロナの今こそが、その変革に踏み出すチャンスなのです。