【一寸先は旅 人 宿 街 29】盲点、旅先でのキャッシュレス 神崎公一


 地球温暖化から沸騰化に突入したと危惧されている異常気象。いつまで猛暑が続くのかと嘆いていたら、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が流れ、台風が列島を直撃し、交通機関の運休や欠航が相次いだ。それに伴い、新聞やテレビでは、防災グッズの備えが喚起されている。筆者も小ぶりなザックに水、食料、ティッシュ、軍手、スマホのバッテリーなどを詰めてある。そんな中で、あるテレビ番組が伝えたグッズに目からうろこが落ちた。現金である。しかも1万円札の高額紙幣ではなく、千円札や100円、10円の硬貨を入れておくようにとの内容だった。

 現金を携えておくべきなのは、旅先でも重要である。わが身を振り返ってみても、かってほど旅行に現金を持っていかなくなった。クレジットカードや交通系電子マネー、PayPayなどでの支払いが可能になっているからだ。また、郵便局や農協も含めれば金融機関のATMが至るところにあり、キャッシュカードで引き出しもできる。

 キャッシュレス決済は政府も推奨しており、キャッシュレス決済比率は、2023年に39.3%となり、2025年6月に4割達成とした目標に近づいている。現金のやり取りをしない支払いは、時間短縮や間違えが減り、コロナ禍が全盛の時は、感染防止策にも効果が発揮した。インバウンドにとっても、便利このうえない。

 こう書いてくると、キャッシュレスはいい事ずくめのようだが、今回の防災グッズの備えに関連して、旅先では現金をある程度、持ち歩く重要性を改めて考えさせられた。

 数年前の夏、長野県白馬村に滞在した時、こんな経験をした。友人の山小屋を借りており、食品などの買い出しのため大型スーパーに出かけた。少し前に大雨による停電があり、店内は非常灯のみで薄暗く、レジも1台だけで対応していた。そのため、レジにはカートに商品を入れた客が長い列をなしていた。列ができたのは、レジが1台だけだったせいもあるが、現金のみの扱いだったからだ。店員が「ご迷惑をおかけしますが、ただいまは現金支払いのみでお願いします」と繰り返していた。

 客の中にはクレジットカードで支払うつもりで、現金の持ち合わせが少ない人もいた。そのため、カートに満載された商品の支払いにはお金が足りず、超過した商品を戻す光景も見られた。また、3千円しか現金がないので、その額を超えそうになったら教えてくださいと、伝える人もいた。

 このことから分かったのは、カードとスマホがあれば事足りるとの思いが身に付いていたことだ。キャッシュレス決済は確かに便利だが、停電になったり、スマホの通信が途絶したりするとお手上げだ。自宅にいれば、まだいくらかの現金があるだろうが、旅先では身動きが取れなくなる。地震と台風は、キャッシュレス社会の盲点を改めて考えさせられる良い機会になった。観光関連事業者にとっても、災害時の支払い方法に関しては対策を講じておく必要があるだろう。

 拙稿が読者の目に触れるころは、また取材旅行に出かけているかもしれない。いつもより少し多めに現金を持ち歩こうと思う。カードがあればいいと考えず、”喉元過ぎれば熱さ忘れる”を戒めとして。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)

 
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