【一寸先は旅 人 宿 街 14】うまい水とエコツーリズム 神崎公一


 信州にある友人の山荘を仲間たちと訪ねた。友人が入れてくれたコーヒーをすすっていると、こんなやり取りがあった。

 「おおっ、このコーヒーうまいな」「スーパーマーケットで買った1人分ずつ入れる、ごく普通のドリップ式のだけど」。別の男がこう言った。「水がうまいんだよ。昼食に寄ったそば処もお茶がおいしくて何杯も飲んだだろう」。

 地方の観光関係者と頻繁に会っていたころ、こんな質問をしたのを思い出した。「自宅で水道の蛇口から直接、水を飲みますか?」。相手は問いの真意を計りかね、けげんそうな表情になる。聞きたかったのは、「水がおいしい土地ですか、それを自覚していますか」ということだ。

 筆者の住む都内のマンションでは、ウォーターサーバーを利用したり、各地の名水を取り寄せていたりする家庭が多い。マンションのゴミ集積場で目にする宅配された名水の段ボール箱から、このことがうかがえる。

 なぜ、水の話をしたか。今年度、短大でエコツーリズムの授業を担当している。自分の住んでいる地域の自然や暮らし、歴史、文化などを調べ、深掘りすることをエコツーリズムの世界では、お宝さがしという。それは文化財に指定されたり、世界遺産に登録されたりするような対象である必要はない。祖父母が行っているその地域固有の農作業や工芸であってもいいし、素朴なお地蔵様を訪ねる散策でもいい。
 その流れからすると、おいしい水や街中を流れる清流、湧き水を回る街歩きでも十分、エコツアーの対象になる。

 エコツアーに話を戻す。象徴として取り上げられるのが、岐阜県下呂温泉の「筋骨めぐり」ツアーだろう。ガイドとともに下呂の路地裏などを歩き、古い手押し井戸や商店、銭湯など下呂が金山宿の宿場町だったころから、高度成長時代を経て現在に至るまでの営みに思いを寄せる街歩きだ。ちなみに、路地裏の道が人の筋肉や骨のように入り組んでいるから「筋骨めぐり」といわれている。

 こうしたエコツアーによって、住民は自分の街の成り立ちを知ることができるし、それを訪れる人たちに知ってもらうことで新たな観光資源が生まれ、地域経済にも貢献する。これがエコツーリズムの理念だ。

 その一例を挙げる。宮崎県串間市のエコツーリズム推進協議会はエコツーリズム憲章として、次の三つの基本理念を掲げている。

 体験メニューを通じた「感幸(観光)地域づくり」、先祖が代々これを守り伝えて、私たちに送り届けてくれたものを守り伝える「先祖からの恩恵を次世代へ恩送り」、この土地が好きだ!との思いと郷土愛、そして地域活性化を目指す「串間ファンの育成と地域の元気化」。

 地域経済に貢献の視点からは、多くの人が訪れる機会が増えるのは、ボランティアも含めガイドの質が向上することを意味する。さらに、客足が鈍る冬季にも実施できるエコツアー、例えば屋内での木工品作りや伝統食品作りなどをラインアップに加えれば、ガイドが通年で安定的に収入が得られ、活動できるようになる。

 旅行トレンドは「モノ消費からコト消費」といわれている。「コト消費」といっても大げさに考える必要はない。自分たちの暮らす地域に根付いている歴史や文化、生活ぶりを説明するだけで、興味深いエコツアーが生まれる。訪日外国人も日本の歴史や暮らしに興味津々であることは、読者自身がよくご存じだろう。 信州で話題となったおいしい水を巡る会話から、エコツアーに思いをはせた。このように考えると、読者の皆さんの周囲でも、エコツアーの素材はたくさんあるのではないだろうか。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)

 
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