【一寸先は旅 人 宿 街 12】コロナ禍で旅の勘が衰えた 神崎公一


 机の引き出しに「外国のお金」と書いた封筒が入っている。これまで海外に出て、両替したものの使い残した現地の紙幣と通貨だ。ドルやユーロなら使い道があるし、円に換金してもいいが、モンゴル、ドバイ、ロシアなどの国のお金は、この先使う機会はほぼないだろう。空港にある募金箱に寄付するしかない。

 さて、3月末にソウルに行ってきた。クレジットカードなどキャッシュレス決済比率が95%前後と日本の約30%に比べて格段に高い国だけに、韓国ウォンに両替する必要はないと判断して出発した。空港や街中で両替店を何か所も目にしたにもかかわらず立ち寄らなかった。

 カードの使い勝手の良さは旅前情報に違わなかった。金浦空港から地下鉄でソウル都心に向かうにも券売機の日本語説明に従い乗車券を購入、日本と同様、至る所にあるコンビニ、飲食店、博物館や歴史的建造物といった施設入場など、全てカードで払った。コンビニではミネラルウォーター1本でも、全く嫌な顔をされなかった。

 電子マネーを使えば海外での支払い時に、お札や小銭の単位が即座に分からず、慌てて店員に持ち金を見せて必要額を取ってもらうこともない。最近ではクレジットカードのほかに交通系カードやペイペイなどの電子マネーが普及したため、金額の多寡にかかわらずカード払いが当たり前になったが、少し前は、国内外問わず、日本人の感覚としてはためらわれたものだ。

 そんなキャッシュレス先進国の韓国旅行で油断があった。ソウルの人気観光スポット、東大門近くの市場でのことだった。すれ違うこともやっとくらいの狭い路地に屋台が並んでいて、肉の串焼き、韓国名物のチヂミやトッポギ、真っ赤なキムチ、お菓子などを売っている。屋台の周囲には椅子が置かれ、焼酎やマッコリで一杯やっている人たちが大勢いた。ちょうど昼時なので、ここで腹を満たそうとした。

 しかし、よく見ると皆、現金で払っているようだ。屋台のおじちゃん、おばちゃんがカードを受け取り、端末で処理している光景にはお目にかからない。筆者は1万ウォン(約千円)程度しか持ち合わせていなかった。両替店も見当たらないし、喧騒と混雑の路地から抜け出すのもひと苦労だ。屋台は魅力的だが、現金のみ千円ほどでは、支払いが不安で、食事どころではない。屋台に比べれば同じ路地に軒を連ねていたやや高い飲食店に入った。ああ、残念。

 これまでの海外旅行では、日本国内の銀行や空港、旅先の銀行、ホテル、両替店で必ず現地のお金に替えていた。今回はクレジットカード普及率が極めて高い韓国旅行ということもあって、両替を意識しなかった。それが、屋台を断念する結果になった。

 コロナ禍で海外旅行が制限されて3年以上が過ぎた。海外に出る際の基本的な作業を忘れていたのだ。久しぶりの海外の旅に浮かれていたこともある。久しぶりだからこそ、注意深くなる必要があるはずにもかかわらずだ。

 以前は現地の地図をコピーして持ち歩いた。それが今はスマホで地図を見れば済む。挨拶程度の旅先の言葉も覚えていったが、これもスマホの自動翻訳機能を使えばいい。カード番号や盗難・紛失の届け出先番号やパスポート番号なども手帳に控えていった。それも必要ない。撮影してスマホのアルバムに入れておけばいい。

 しかし、スマホのWi―Fiが不調だったり、バッテリーが切れたりして使えないこともある。今回のソウルでもバッテリー残量がごくわずかになり、地図が読めず困った。

 幸い、盗難やスリ、事故には遭わなかった。小欄のタイトル「一寸先は旅」が、「一寸先は闇」の事態が起こりうる。旅慣れた読者諸氏も、コロナ禍の移動制限で生じた旅の勘の衰えに注意してほしい。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長) 

 
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