【一寸先は旅 人 宿 街 11】「英語より笑顔で」と言われても 神崎公一


 通勤途上の新宿駅で外国人が路線図を見て行き先を確かめている。路上ではスマホの地図アプリでお目当てのレストランを探している。めっきり増えた外国人観光客が織りなす光景だ。

 そんなとき、「どこに行きたいのですか?」と拙い英語で問いかけることがある。あるいは彼らが手にしているスマホの画面をのぞき込んで、目的地までの行き方を教えてあげることもある。しかし、毎回、説明できるとは限らない。ちょっと複雑な行き方となるとお手上げだ。

 例えば「そこの階段を地下2階まで降りて右に曲がって2番線ホームから乗るといい。ただ、快速に乗ると目的地の〇○駅は通過してしまうので各駅停車に乗るように」、こういう説明はできかねる。

 「外国人の方が困っていたら声をかけてあげてください」との構内放送を耳にする機会が増えた。海外渡航が豊富な添乗員は「英語より笑顔ですよ」とコツを明らかにし、気張らないで接すれば気持ちが通じると言う。自分が海外旅行をしたとき、親切な地元の人に助けられた経験を振り返れば、できる限り外国人観光客の役に立ちたいと思う。しかし、やはり英語の壁は大きい。

 地中海クルーズに行ったときのことだ。ドレスコードが緩いお手頃価格のカジュアルクルーズだった。出発前に、ある夕のパーティーには着物で参加してほしいと告げられていた。何人かの日本人女性が着物姿だった。パーティーはお開きになり遅い夕食の席に着いた。船内で親しくなった日本人夫婦と私たちの計4人が同じテーブルだった。食事も終わりに近づいたころ、先方の女性が化粧室に立った。レストランを出て10メートルほどのところに化粧室はあり、数十秒で往復できる。

 ところが、その女性はなかなか戻ってこなかった。いくら何でも時間がかかりすぎる。何かあったのかと心配していたところへ、女性は戻ってきた。なぜ、時間がかかったのかと尋ねたら、着物姿で歩くと写真撮影を求められたり、英語で話しかけられたりで、どう対応していいか分からない。恐怖と苦痛さえ感じたという。

 そこで、化粧室ではなく、自分の客室に戻ったのだという。レストランから客室までは何階が下らなくてはならないのだが、エレベーターは逃げ場がないから、話しかけられるのは最悪なので行き帰りとも階段を使ったと明かした。

 カジュアルクルーズの体験を話すと、多くの友人たちが乗ってみたいと関心を示し、パンフレットが欲しいという。しかし、その後、クルーズに行ったという話は聞かない。その理由はいくつもあるが、「食事は外国人と同じテーブルだろうから英語で会話しなくてはならないのが心配」というのが多かった。幸い、筆者が乗ったクルーズでは、食事の席の事前予約ができ、外国人と共にすることは“避けられた”。

 英語が堪能な人には分からないだろうが、筆者にとっても他人事ではない。海外旅行から戻ると、今度こそは英語を学ぼうと誓うのだが、三日坊主の繰り返しだ。帰国子女や海外勤務経験者が増え、学校教育でも英語学習が重視されている。しかし、繰り返すが、現実はまだまだ英語に対する壁は高くて厚い。

 政府は訪日外国人数の目標を2030年に6千万人としている。コロナ禍が収束の兆しを見せ、入国規制が緩和された昨年秋以降だけでも都内などでは外国人観光客があふれている。観光地でも同じ状況だと聞く。受け入れる宿泊施設や観光地の言葉や日本の習慣などを伝える対策は言うまでもない。それに加えて、街中で外国人に話しかけられたときに臆せず会話ができるようになり、日本ファンを増やしたいのだが…。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)   

 
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