【一寸先は旅 人 宿 街 2】旅先の素敵な話、嫌な客 神崎公一


 数年前、北信濃の温泉宿に泊まった。十人ほどの仲間との旅行だったので、夜は宴会となり深酒をした。翌朝、食欲がない連中もいた。朝食も終わりに近づくころ、宿の女性が現れて朝食で出た炊き込みご飯で手早くおにぎりを結び、「移動のお車の中で召し上がってください」と持たせてくれた。何と気が利くサービスだろう。宿の中には、朝食が終わっていないにもかかわらず端の方から片付け始めるケースもあり、急かされているようで食べた気がしない。

 そしてもう一例。これも信州で目にした光景だ。昼食時、そば店に入った。午後1時を少し回り、お客も減り始めていた。来店した男性3人組が店員に「タラの芽を摘んできたので、天ぷらに揚げてほしい」と頼んだ。天ぷらそばの代金を払うからと言い添えた。

 アルバイトらしい若者は、そういうことはできませんと断ったところ、店主が調理場から出てきて、「喜んで天ぷらにしますよ。お代はもりそば代で結構です」と、タラの芽を持って奥に引っ込んだ。

 素敵な話で、こういう宿やそば店には、また訪れたくなる。確かに食材の持ち込みは食品衛生上の問題が生じるかもしれない。しかし、強く拒否すれば、男性客たちは去ってしまうこともあっただろう。店主の臨機応変な態度に、アルバイトの男性もお客さま商売とは何かを学んだだろう。

 いずれも接客マニュアルに従ってのことだ。マニュアル通りに行動するのは大切だが、それだけではない。しばしばやゆされたハンバーガーチェーンの例を紹介しよう。「店内でお召し上がりですか? それともお持ち帰りですか?」。友人らとパーティーでもするのだろう、ハンバーガーセット5人分を買いに1人で来た客にこの質問をするのはばかげているからだ。アルバイト店員が多く、マニュアル化が必要とは分かるのだが。

 一方、お客さまあっての商売とはいえ、困った客、はた迷惑な客がいるのも事実だ。都内の中クラスの個室和食店で、昼どきに会食をした。隣室ではアルコールが入り、盛り上がっていた。送別会らしい。歓声と拍手で、こちらの会話も妨げられるくらいだ。店の女性に注意してくれるよう頼んだが、何とも煮え切らない。二度ほど促し、最後は店長を呼んで対処をお願いしたものの、結局らちが明かなかった。

 第一義的には、大声で盛り上がるお客の方に非があるのは当然だが、それを注意できない店側もおかしい。お客さま商売のつらいところだろう。

 北関東のある老舗旅館の女将がこんなことを打ち明けた。「お金を払っているのだからと威張りくさるお客さまもいらっしゃいます。『また、おいでくださいとごあいさつしますが』…」。

 多くの宿で、お客が到着すると手荷物を持ってくれる。宿に着いたある女性にお荷物お持ちしますと女将が手を差し伸べたところ、大きな旅行かばんのほかに、小さなポーチを渡された。そしてひと言、「このポーチ、高いんだから、大事に扱ってよ。落としたりしないで」。「お客さまの大切なお荷物を丁寧に扱うことは長年の女将業で心得ておりますよ!」と言い返してやりたかったそうだ。こう話した女将の悔しそうな顔は忘れられない。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)

 
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