【ムスリム観光 座談会】観光庁 輕部参事官 × 跡見女子大 笠原学長 × 日通 加藤常務


16億人市場「ムスリム観光」対策とは

 跡見学園女子大学(東京都文京区、笠原清志学長)は、昨年12月11日から今年3月8日まで、東京都から受託した観光産業の経営人材育成と基礎的知識の習得を行う「観光経営人材育成講座」を開講した。受講者は、観光産業に携わる人。講座では、インバウンドのセカンドステージでの観光人材育成の重要性などを共有した。今回は、国が「新たな観光立国」を見据える中、忘れてはならない「インバウンド再開」を大テーマに、同講座でも議論された巨大マーケットとして対応が急務な「ムスリム観光」の在り方を、産学官のキーマンに集まっていただき、語っていただいた。鼎談のファシリテーターは、跡見学園女子大学准教授の篠原靖氏。総合司会は本紙・長木利通。(跡見学園女子大学で)

座談会は感染症対策としてマスクを着用して実施

 

 篠原 ムスリムの人口は、15・7億人と世界の4分の1を占める。コロナ収束後の未来を見据えた時、国の観光政策の大きなテーマであるインバウンドに取り組むにはムスリムへの対応は欠かせない。インバウンド観光の現状について、どう捉えているか。それぞれの立場から伺いたい。

ファシリテーターを務めた、跡見学園女子大学観光コミュニティ学部准教授の篠原靖氏

 

 笠原 東京都では大学等と連携した観光経営人材育成事業というプロジェクトに取り組み、そこに2021年度、跡見学園女子大学(跡見女子大)のプロジェクトが採択され、3年計画で進んでいる。観光関連事業者で構成される受講者が約200人集い、オンラインで観光経営人材育成講座を受講している。跡見女子大での大テーマの一つには、インバウンドのセカンドステージにおけるハラール対応がある。従来、インバウンドは、中国や韓国を中心にし、東南アジアや南アジア、欧米への拡大が不十分で問題とされてきた。コロナ後に訪れるインバウンドのセカンドステージでは、ムスリム、そして彼らが持つ食習慣のハラールを、日本の観光業がどう受け止めるかだ。ハラール対応への問題は、2014年の段階で一時ブームとなり話題となったが、以後は対応への難しさや、中国、韓国からのインバウンドが急増したことで対応が進まなかった。今は、コロナで多くの観光事業者がダメージを受けているが、今だからこそ大きな視点の中で問題を捉え直すべきで、プロジェクトでも大きなテーマとして取り上げている。

跡見学園女子大学 学長 笠原清志氏

 

 篠原 この問題は、観光庁の事業とも密接する。

 輕部 インバウンドの数を増やすことを目的にプロモーションや受け入れ環境整備を進め、19年には3188万人まで伸び、4千万人が視野に入ったところだった。一方、消費額や地方部への分散、誘客についてはもう一歩であり、これらをどう伸ばすかが課題。ムスリム対応も、対策の重要な一つである。今は、まさにインバウンドが蒸発し、マイナス99%という状況だが、今だからこそ苦手意識を克服し、将来を見据えた対応が必要であり、そのために何ができるか検討している。

観光庁 参事官(外客受入担当)輕部 努氏

 

 篠原 日本通運(日通)は、14年からハラール物流の先駆けとして熱心に取り組んでいる。

 加瀬 観光と物流がどう関係するかだが、私は国際間の輸送業務に携わり、特に航空輸送を中心に担当している。今のコロナ禍において国際線の旅客機を利用した人の移動が大幅に制限されているが、一方で貨物の輸送は旺盛だ。航空貨物においては、旅客機をチャーターして貨物を運ぶ流れが2年前から常態化し、多い月でわが社だけでも100機以上の航空機チャーターを行っている。これによって荷主のサプライチェーンを輸送、倉庫保管など物流面でサポートしている。ハラールは「Farm to Fork」(農場から食卓まで)と言われ、アルコール類や豚製品との接触は宗教上の問題で禁止されているが、ハラールのサプライチェーン全体の中で、輸送や倉庫保管などはブラックボックス化されていた。われわれはそこに踏み込み、順次必要なハラール物流の認証を取るなど、輸出側から輸入側まで一貫した安全安心で衛生的な輸送、保管を担保している。

日本通運 常務理事(航空貨物担当) 加瀬洋平氏

 

 笠原 ハラールと日本の観光業の問題を重ねて考えた時、約10年前には日本の食品メーカーが豚由来の酵素を使ったとして、インドネシアで大きな訴訟にまで持ち込まれることがあった。本質が見えないこともあり、観光業がこの分野は「難しい」「対応にお金がかかり大変」という認識が広がった。今は人材育成や展望を考える時期であり、議論することは次に生きる。

 篠原 富裕層への対応は、お金で個別対応する例がある。ビジネスでの課題は。

 加瀬 同講座を拝聴し、立命館大学の阿良田麻里子教授の話で印象に残ったことがある。ハラールの解釈は非常に多様性があり、食品の場合は最終的に食べるか食べないかは本人次第であるということ。目の前の物が100%ハラールであるかどうかは分からず、決めるのは神様だという話もあった。ハラール物流を振り返ると、海上または航空コンテナに食品を中心としたハラール商材を入れるが、入れる前にはコンテナに宗教的な洗浄を施すなど基本的なルールがある。洗浄にはムスリムの有識者が立ち合い、アルコール類を使わない特殊な洗浄液を使うが、洗浄後の乾燥には2日ぐらいかかり、コストも時間もかかる。当初は高額な費用をご案内していたが、高いという声もあり、認証機関などと相談しながら試行錯誤してきた。結果、通常の段ボールより厚手の2重、3重構造で、密封性、耐水性があるトライウォール資材を使用することに。コンテナの洗浄を不要にし、コスト、時間を短縮できることとなった。有識者と話をしながら、画一的なものの使用でなく生産性を高めることは可能だ。

 

 篠原 民の知恵で解決した事例だ。動きながら考える一例だが、観光庁はどうか。

 輕部 ムスリム観光を進めるに当たって、今は何をすべきかだけではなく、どれだけの手間、コストがかかるかも理解しておくことが必要。また、効果的に情報を届けることも課題であり、JNTO(日本政府観光局)としっかりと連携した情報発信が不可欠。コストをかけるには、ある程度恒常的に来てもらわないと採算ベースにのらないし、発信、受け入れのための仕組みも必要。昨年には、中東初となるJNTOの事務所がドバイに設けられた。大きな可能性を秘めており、誘客が進めば国内におけるムスリム対応のより一層の充実が期待される。

 

 篠原 コロナ禍から次の出口を求める際、現状では安全で感染対策、管理ができている国が選ばれている。他の国に先駆けて動けば、誘客の独り占めも可能か。

 笠原 慎重に考える必要がある。一つのポイントとして、ムスリムとの接点だ。私は中国の北京日本学研究センターの主任教授として約7年関わったが、中国では新疆ウイグルの人たちはムスリムであり、中国では何百、何千年の歴史の中で、互いが共存しながらすみ分けているシステムを作った。北京大学など大学の食堂や、北京東部の繁華街である王府井などでも、言葉ですみ分けが分かるようになっている。欧州でも衝突によるあつれき、移民受け入れなどの中ですみ分けのシステムを作っている。接点がない日本は、短期間にインバウンドをベースに作らなければならない。二つ目のポイントとして経済性とムスリム対応のジレンマがある。この議論をすると、マニュアル作りの話となるが、ハラールには厳正な認証、世俗的な認証があるほか、個人で基準がずれる。ただ単に作っても間違いが起こる。ムスリム対応の中で絶対に犯してはいけないことは、豚肉とラードとアルコールの問題。これまでの経験を生かしながら、コミュニケーションとプロセスの中で合理化できるはずだ。

 加瀬 ハラールに接するための人材育成については、ついテキストを作り、研修という形になりがちだが、物流面の経験からハラール対応で大切なことはその場その場での対応が必要だということ。実践的な研修や、今後の手法、さらにはムスリムの方を受け入れる中でのビジネス上のメリットも含めて考えなければならないと思う。宿泊施設では付加価値の高い取り組みも進められると思うが、画一的ではなく臨機応変な対応が”人”に対しても求められるのではないか。専門的知識を持つ従業員には手当を支給するなど、関係者のなかで好循環な枠組みが作られることが理想形。観光、物流の双方で共通なことは、どのレベル、コストを選ぶかの最終的判断は利用者にあること。サービスの内容、提供する食事の調理の環境などがどうなっているかを提示し、判断はムスリムの方が行う。ありのままの情報を開示することで解決できることは多い。

 笠原 この問題を進める時、在日のムスリムの人たちとのネットワークは活用できる。彼らも同胞が来日した際でのほしい答えを持つ。日常的に接することで、ムスリムへのネットワークづくり、サービス強化にもつながる。

 輕部 留学生などを含め、在留外国人とコミュニケーションを持つことは非常に重要。両方の文化を理解した上で、率直に対応を伝えられることは効果的である。きめ細かい対応が求められている中、ムスリムを受け入れたい地域で協力を求めることも考えられる。

 篠原 課題解決など今後の取り組みにおいて異業種との連携も大事になると思うが。

 加瀬 私もつい社内だけで事を考えていたが、多方面とネットワークを作り、ハラール全体を考えた取り組みをしていきたい。また、ムスリムの方々を迎えるということは、日本ですしやB級グルメなどを食べ、国に帰った後にも日本食を食べてもらえる機会が生まれる。物流は物流会社が行うが、まず来訪してもらう部分もあるので、従来の枠組みを超えた連携の必要性は改めて感じている。

 篠原 物流で人気なものは何か。

 加瀬 ハラール物流で運ぶ中、日本から一番多く出ているのは和牛。旅行に来た人が初めて和牛を食べてそのおいしさに感激し、国に帰ってからも和牛を欲している。マレーシアとインドネシアには、九州や四国を発地としたハラールの和牛が多数運ばれている。食を含め、日本のファンが増えれば、物流の仕事も増える。

 篠原 地域が看板商品やブランドを作ることにもつながる。

 輕部 単なる体験型コンテンツの造成だけでなく、地元の食材を使うというものにも支援をしていきたい。これまでの支援では、コンテンツづくりなど中身の部分が多かったが、現在取り組んでいる「看板商品創出事業」では販路開拓も併せて支援することとしている。ツアーは、作った後にどうやって継続して売りに出すのか、商品は流通やバイヤーとどうつながり販売を拡大するのかなど。今は国内が中心だが、将来的にはインバウンドが見込まれ、先ほどの和牛のような流れにつながることも期待できる。

 篠原 コンテンツ開発後に流通まで観光庁が入ろうとしている。ここに連携のビジョンが見える。

 笠原 今回の議論のテーマは、インバウンドのセカンドステージでのハラール対応だが、もう少し大きな産学官や組織論の枠組みで考える必要がある。今後、外部の激しい環境変化、新しい変化に組織、企業が適応するには、自らの中を多様性化しておくことだ。同質性が高い集団は、ルールを守ることに熱心だが、変化への適応はできない。むしろ、変化は辺境から始まる。観光経営人材育成事業のプロジェクトは、今後2年間続く。講座では、LGBTや異文化対応、ハラール対応をするには企業の中における女性の比率や、内部の多様化、専門家をセグメント化する手法を紹介した。マネジメントは難しくなるが、環境変化に対応する適応性は高まる。産学官のように必要に応じて横のネットワークを作ることは、例えば、アカデミックな知、官庁の知、そこに企業が結び付き、いろいろなアイデアや発想、ビジネスモデルができる。これはハラール対応だけの問題でなく、観光業や物流も全ての企業が持つ本質的な問題を解決することにつながる。

 輕部 ポストコロナに向けた対応はこれからが本番。観光産業はコロナで大打撃を受けた。現状は事業の継続が第一であり、雇用調整助成金やGo Toトラベル事業のような需要喚起策で応急的に行っているが、先を見据えるとある程度ストック性のある取り組みを進め、産業構造も改革していかなければならない。支援策として地域一体となった宿や観光地の再生・高付加価値化なども進めているが、多様性を取り込み、産学官で3者がスクラムを組みながら、インバウンド再開時での飛躍的な回復を目指したい。

 加瀬 約2年前までは香港に駐在していた。現地の社員は日本が好きで、食や雪を見に来ることなどを目的に年に何度も旅行していた。香港では、旅行となると海外で、そういう人を身近に見てきたことからも、海外渡航再開を待ちわびているはずだ。当時は、バングラデシュなどにも出張したが、若い人はスマートフォン、SNSを日本以上に上手に使う。デジタルを駆使し、集客はもちろん、ハラールへの安心感を覚えてもらうことも可能である。

 篠原 最後に、22年度の抱負を、それぞれから一言いただきたい。

 笠原 日本のムスリム観光のセカンドステージ。22、23年はインバウンドのセカンドステージ、ハラールのセカンドステージとなる。

 加瀬 今年こそは国際線の旅客機がコロナ前のように回復してほしい。日本にたくさんの旅行者、ムスリムの旅行者が多く来訪し、私どものハラール物流が動くきっかけになる年にしたい。

 輕部 インバウンドの再開と、それに合わせた観光の再出発の年にしたい。

 

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