【ニューノーマル 新常態の観光戦略12】ささやかなコト消費、犬の散歩体験 神崎公一


 長野県大町市の山間にある農家民宿「ファーマーズ イン オリザ」を訪れた。玄関に向かう途中、誰かに見つめられている気がした。振り返るとこの宿の看板娘ならぬ看板犬が、室内からしっぽを振りながらこちらを見ていた。中型のシェパードミックス犬「てんてん」で、われわれを出迎えてくれた。

 宿を経営する稲澤夫妻がこう言った。

 「農家の暮らしを体験したいという方は多いのですが、予想外に喜ばれたのは、早朝の犬のお散歩体験でした。リピーターの方はこの散歩を目当てにおいでになるようです。宿の周辺を30分くらい巡ってもらうのです。私たちも一緒ですし、散歩しているとご近所の方が話しかけてくるのも楽しかったそうです」

 ペットと一緒の旅、ペットと泊まれる宿などをテーマにした書籍やガイドブック、ウェブサイト、テレビ番組が呈している。こうしたニーズにこたえようと、宿泊・観光施設、レストランなどが工夫を凝らし、ワンちゃん、ネコちゃんを迎え入れようとしている。

 犬、猫は言うに及ばず、ウサギやハリネズミなどの小動物と触れ合うことができるサービスも多数ある。しかし、このような都会のカフェなどと異なり、北信濃の自然の中での看板犬とのひと時は格別の爽快さだった。

 数字で見てみよう。新型コロナウイルス感染症のまん延で、外出自粛や在宅勤務を余儀なくされたことで、ペットの存在感が増し、飼育需要も増えたといわれる。そのため、2020年度のペット関連の総市場規模は小売金額ベース(末端金額、見込み値)で、前年度比103.4%の1兆6242億円。それ以前から、ペット関連総市場規模は拡大を続けているという(いずれも矢野経済研究所調べ)。

 その一方で、マンションなどの管理規定によって、犬、猫の飼育禁止を打ち出しているケースや、犬は飼いたいけれど、毎日の散歩は誰がするかなどの事情で、断念せざるを得ない人もいる。そうした人たちにとって、たとえ短時間でも散歩体験は楽しい思い出として残るのだろう。

 旅の目的がモノ消費から、体験型観光コンテンツであるコト消費へ関心が高まる中、さまざまなメニューが登場している。そば打ち体験、星空観察、民芸品作りなどが定番だろう。自然と向き合う農業、漁業体験もある。観光庁の後押しもあり、コロナ禍以前は、インバウンド向けのコト消費を企画するケースも多かった。このような犬の散歩体験は、それだけで売り上げにつながるわけではないが、ひょんなことからお客さまに喜ばれるコンテンツが生まれるとの証しのようだ。

 ちなみに、冒頭の農家民宿は、当面、知人、友人やその紹介者などに限定し、1日1組だけ宿泊を受け入れている。ある観光施設では、アイドル化した犬を見たいという観光客が増え、犬が疲れ切ってしまったとも聞いた。ここは、そのようなことはないということを付記しておく。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)

 
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