水際対策やマスク着用方針が見直され、さらに新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが2類相当から5類に移行した。その結果、週末や祝日の主要駅や観光地は多くの観光客でにぎわうようになった。人は観光に安らぎ、楽しみ、おいしい食事や日常では味わえない刺激を求める。そうした観光中の体験が人に何をもたらすのであろうか。本稿では、旅における体験について拡張・形成理論から考えてみたい。
拡張・形成理論とは、ノースカロライナ大学のフレドリクソン教授が提唱しているポジティブ感情に関する理論である。人が感じる代表的なポジティブ感情には、喜び、安らぎ、興味、楽しみや愛がある。拡張・形成理論では、人はポジティブ感情を経験することによって考え方や物の見方が広がり、他者に意欲的に関わろうとすることで活動のレパートリーが”拡張”されると説明している。
そして、思考や行動の幅の広がりは豊かな対人関係、創造性や楽観性といった個人資源の“形成”を導く。さらには、一度形成された個人資源が成長を促すことで、さらなるポジティブ感情を喚起させる。
結果的に、ポジティブ感情が自己成長へとつながる好循環サイクルを生み出してくれるという。すなわち、人がポジティブ感情を感じると、興味関心が広がり、どこかに出かけたくなり、また、いろいろな人と出会いたくなるということを示している。
人が旅に出ることで喜びを感じ、仕事や家事から開放されてリラックスする。これまでに行ったことがない場所、風習や見知らぬ文化に対する興味がかき立てられる。観光地ならではのアクティビティーや初体験の食事を楽しむ。同行者や旅先で出会った人との触れ合いから家族愛、友情や好意を感じる。これらのポジティブ感情を観光中に体験することで、日常生活に戻った後に新たな視点から仕事や課題に取り組むことが期待できる。
観光は経済的な効果が見込めるだけではなく、個人を成長させる可能性をも秘めているのである。
(埼玉学園大学人間学部心理学科准教授 川久保惇)