もうずいぶん前のことである。人と人とのふれあいで成り立つ仕事がしたい。そう考えた学生の私は、ホテルへの就職を希望し、運よくそれを実現させることができた。今は少しでも自身の経験を役立てることができればとの思いで、日々学生と向き合っている。
さまざまな経験の中には、2002年から2003年に流行したSARSへの対応もあった。当時、私は出向社員として中国・上海にある系列のホテルに勤務していたが、終息宣言が出され本来の営業に戻るまでを振り返ると、今回の新型コロナウイルスによる影響はそれとは比較にならないほど深刻化している。
極力人との接触を避け、ソーシャルディスタンスを確保し、マスクや手指消毒をしながらの毎日はあまりにも寂しい。あるテレビ番組のコメンテーターが「コロナの本当の恐ろしさは、人が人を遠ざけることだ」と言っていたが、まさにそのとおりだと感じる。人が人との関わりを持たない世界、これは多くの業界にとって致命的なことであり、その中でどのようにお客さまを思い、お客さまに喜んでいただき、私たちも喜びを得るのか。コロナ禍におけるホスピタリティをずっと考えている。
先日、近所のファストフード店でテイクアウトをした。商品を待つ間、カウンターの横に目を向けると宅配サービスの配達パートナーが商品を受け取る場所が表示されており、その隣に小さなカゴが置いてあった。中には熱中症対策用のキャンディーが大量に盛られていて、パートナーが自由にピックアップできるようになっている。
ささいなことではあるが、パートナーへの思いやりに久しぶりにあたたかい気持ちになった。猛暑の中、自転車やバイクを走らせお客さまに商品を届けてくれるパートナーを大切にする気持ちは、きっとその先にいる見えないお客さまにも伝わっていくに違いない。お客さまとの直接のふれあいがかなわなくとも、パートナーを介してお客さまへの思いもつながっていってほしい。
人が人と離れることを余儀なくされても、心と心の距離は決して縮めてはいけない。その気持ちを私も学生とのコミュニケーションで忘れないようにしたい。
(一般社団法人日本宿泊産業マネジメント技能協会会員 亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科准教授
五十嵐淳子)