西九州新幹線が9月23日に開通し、いま佐賀県嬉野市が湧いています。
早速「嬉野市観光戦略策定選定委員会」が発足し、私も委員として参加しました。本年度中の会議で嬉野の観光の未来が見えてきます。会議の冒頭で村上大祐市長が「平成28年以来、観光政策を考える会議はしてこなかった。この機に皆さんと進めていきたい」と力のこもったあいさつをされ、その後は地元の事業者さんや観光を専門とする先生方も交えてキックオフでした。
この会議に出席するために、1年ぶりに嬉野温泉を訪ねました。「和多屋別荘」に泊まると、副島園のお茶を頂け、1万冊もの本をそろえた「BOOKS&TEA三服」が完成していました。この「三服」によって「宿泊を目的とした旅館から通う場所」へと変革したそうです。1周年記念イベントとして、温泉旅館が初めて開催する三服文学賞も設立。建物そのものは古くとも、しゃれたオブジェや設えで見違えるように変化しており、泉のようにアイデアが湧き出る小原嘉元社長のお仕事ぶりが伝わってきます。
また最も印象的だったのは「総客室数27室の宿に対し、この1年で採用した人材は12名。働き手が余っている」とおっしゃる大村屋旅館の北川健太社長のお話でした。観光戦略策定選定委員会にも出席され、人材不足について見識を披露されていました。
いま、コロナ禍での全国旅行支援により一層、旅館の皆さんが「総力戦でも結局、人手不足で満室にできず、毎日がくたくた」と疲労感を漂わせる中、目からうろこが落ちる北川社長のお考えを共有させていただきます。
「リクルート(人材確保)は、集客と同じ量のエネルギーを注がないといけない」と北川社長はおっしゃいます。 大村屋さんでは西九州新幹線開通と共に宿のホームページをリニューアルしました。最もPVを稼ぎ、滞在時間(読まれている時間)が長いのが、「暮らし観光案内所」です。「話しかける」「味わう」「見つける」「戸惑う」といった項目を見てゆくと、取り上げられている店は嬉野で暮らす人が使う呉服屋や嬉野の台所と言われるお惣菜屋など、一般的なガイド本やwebでは知りえない情報ばかり。そう、嬉野温泉に移住した時の生活がリアルに浮かび上がるのです。ただ案内するだけではなく、「第三者である福岡在住のライターさんに体験し、検証してもらっていますので、情報の信ぴょう性が増したことが功を奏しました」と北川社長は分析します。
「のんびりとした田舎で働きたい人はたくさんいると思うんです。ただ、そこで生活することの具体的な細部まで想像できなければ、移住までの決断に至りません。その点を意識して情報を更新していますが、瞬く間に結果が出ました。この手法を宿泊業界の皆さんに知ってほしい」と強くアピールされます。
北川社長は「暮らし観光」を推し進めてきました。
「これまではスペック合戦ばかり。私のような家業の旅館はいくら施設改修をしても、ハード整備という点では資本力のある大手には勝てない。お客さまに『ハレの日』を提供するだけではなく、私たちの暮らしを見せる。体験し、交流してもらい、お客さまと宿、地元との間に強力な関係性を築きたい」とおっしゃいます。嬉野の日常を見せる「暮らし観光」という手法が、嬉野に移住して働きたいという気持ちを促進し、実際の雇用につながるとは、驚きの事実でした。
現在、私は温泉地の未来を切り開いていかれるであろう若手旅館経営者を追いかけていますが、その中でも目が離せないのが北川社長であり、小原社長です。
(温泉エッセイスト)