農林水産省はこのほど、「平成19年度 食料・農業・農村の動向」で、地域の旅館やホテルなどの宿泊関連産業が地元農産物の調達量を増やした場合、地域の農業生産額が押し上げられるとの試算を発表した。地域によっては4%超の増加率が見込めるところもあり、観光産業の農業に与える影響の大きさが分かった。宿泊施設が「地産地消」に積極的に取り組めば、地域農業の活性化の一助となりそうだ。
経済産業省の「地域産業連関表」を基に試算した。試算では連関表に基づき宿泊業から農業への生産波及効果が最も高いと考えられる九州を基準とし、他地域でも農業と宿泊業の連携が九州と同程度強まったと仮定。各地域の2000年時点の農業生産額を基準に、宿泊業との連携が強まった場合の農業生産額の伸び率を算出した。
試算によると、最も伸び率が高いのは近畿で、4.2%の伸び。中部(1.8%)、関東(1.7%)、沖縄(1.7%)がこれに続き、一定の生産波及効果が見込めることが分かる。一方、北海道(0.3%)、東北(0.3%)、四国(0.6%)は伸び率が1%未満だった。
農水省は、「近畿のようなある程度広い範囲で生産額が4%伸びることの影響は大きく、地元への波及効果も見込める」と評価。中部や関東、沖縄も2%近い伸び率であることから、宿泊施設による地元農産品の調達量の増加とその効果に期待を寄せる。
農水省は農商工連携を推進しており、今回の調査もその一環。宿泊関連産業と農業生産額の関連は今回初めて調べた。
近年、農林水産業振興のための地産地消運動が進んでいる。流通、消費量拡大のため、都道府県や市町村単位で宿泊施設や飲食などを「地産地消の店」に認定、PRしているところは多い。
このうち佐賀県では「こだわり」「特選食材」「季節限定」の3タイプの認定要件を設定。最も認定要件の厳しいこだわりタイプでは、使用する食材の3分の2以上が県産食材で、かつ使用する米の全量を県産米にするといった要件を満たした飲食店や宿泊施設を地産地消の店として認定する。現在のところ、とくにこだわりタイプでの宿泊施設の登録はまだ限られているが、「多くの宿泊施設に参加してもらえるようPRに力を入れている」(同県生産者支援課)。嬉野や武雄など同県内の各温泉旅館組合などに声がけをするなど、宿泊施設の参加を積極的に呼びかけているところだ。
実際に宿泊施設が多く参画する事業としては、山形県が同県産のブランド米「はえぬき」を通年全量使用する宿を認定する「はえぬきの宿」がある。87施設を認定するがその規模はさまざまだ。
認定を受けている同県上山市のかみのやま温泉の葉山館(五十嵐航一郎社長、38室)は、認定以前から、はえぬきを全量使用。中でも県認定ブランド「山形セレクション」に認定されたはえぬきを使っている。取引している米店を介して年間を通し仕入れているため、「仕入れに困ったことはない」(同館女将、五十嵐美根子さん)。宿泊者からの評判も非常に良いという。認定施設のうち規模が大きい、同温泉の月岡ホテル(堺健一郎社長、103室)も認定前からはえぬきを全量使用する。
同事業に参画する87施設で消費されるはえぬきは、年間約280トン。認定を申請する施設は増えているが、「認定以前からはえぬきを全量使っている施設が多い」(同県農政企画課流通対策室)ことから、認定事業による消費の拡大よりもブランド米の普及浸透に重点を置いている。
九州や東北地方のように、従来から宿泊施設が地元農産品を活用している地域では、「地産地消の宿」といった認定制度の導入による農業生産額の増加や消費量の拡大は見えにくいものの、地元農産品の活用の追い風となるのは確かだ。
農水省の試算でも示されたように、より多くの食材を地元産品でまかなうことは、農業など周辺経済の安定にも寄与できる。また食物の輸送にかかるCO2を減らすこともできて環境にやさしい。
季節メニューへの対応などで使用食材の変動が多い宿泊施設にとって、季節ごとに収穫量や仕入可能な農産品の種類、価格が安定しない地元農産品に限定した仕入れはさまざまな困難を伴う。しかし「あの宿ならば地元の食を確実に味わえる」という確かな認識を得られれば、他施設との差別化を図る有効な付加価値となるのではないだろうか。