20代の頃から通っている、あられ・かきもちの専門店がある。市ヶ谷の一口坂にある「さかぐち」だ。昭和27年創業以来、鮮度にこだわるために1店舗主義を守りぬき、ここでしか購入できない味として親しまれている。50~60種類がそろう中から、季節や用途、お渡しする相手の好みに合わせて詰め合わせの内容を考えるのも楽しい。
若鮎や桜、梅をかたどった目にも美しい造形は会話に花が咲く。版画のぬくもりが愛らしいレトロなパッケージは、外国への日本土産にも好評だ。当時、勤めていた出版社の近くにあったため、取材先の手土産や友人・家族へのおやつにと日に何度も足を運んだこともある。内熨斗(のし)や外熨斗のかけ方などを教えてくれたのも、こちらのお店だった。
退社した後は、残念ながら足が遠のいてしまった。しかし5年ほど前、フリーランスになったことを機に、古巣の諸先輩方からお声掛けをいただくことになり、ご縁が復活した。久しぶりに訪れた時には、タイムスリップをしたような感覚だった。10年ほどたっていたにもかかわらず、驚くことにお店のスタッフが昔とほとんど変わらない顔ぶれだったのである。彼らは目を少し和らげ、にこやかに再訪を出迎えてくれた。
変わらぬサービス、変わらぬ味。スクラップ&ビルドが激しい東京において、単価が決して高くはない商品を扱いながら、現役を貫いているお店があることに感動すら覚えた。随分の無沙汰をしての再訪でも、最後には「本当に、いつもありがとうございます」と10年前、最後にお店を出た時と同じお見送りだった。その後も折に触れ訪れているが、程よい距離感がありながら、店内で過ごす10分に満たない時間が心豊かにしてくれる。2千円ほどでぜいたくな気持ちに包まれるのだ。
そう感じるのは、最近、無人(セルフ)の端末を相手に買い物やチェックインをする機会があまりに多いからかもしれない。効率化や来年夏までの国際化を考えれば自然の流れなのかもしれないが、いまだに慣れない。店員はすぐそばにいるのに会話を交わすこともなくすれ違うのが寂しい。
海外では、試着して似合わない洋服は、店員がずばりと「あなたには合っていないから売らない」というぐらい濃いコミュニケーションが普通なのに、日本はどこへ向かうのだろう。海外の友人たちは声をそろえて、「なぜ、日本人は目を合わせてもほほ笑まないし、怖い顔をするの。友人になるきっかけがつかみにくい」と言う。
豊かな体験、豊かな時間は、人間同士の触れ合いからしか生まれないと思う。来年の夏までのラストスパートとなるこの1年、本当に世界に誇れる“おもてなし”で喜んでもらうには課題が多そうだ。