ちょうど今旬を迎えているのが、小粒でもピリリと辛い「実山椒」。まずは若葉の「木の芽」、続いて「花山椒」、その後が「実山椒」で、最後は熟した実の果皮を乾燥させて挽いた「粉山椒」となる。季節ごとに異なる方法でそのおいしさを享受できる山椒だが、それぞれの旬の時期は短く、「実山椒」はわずか2週間ほど。
まさに初夏ならではの味わい、緑色の「実山椒」は、最も香りと辛味が強いとされる。舌が痺れるような辛さと、柑橘系の香りがたまらない。筆者の大好物だ。
山椒は、ミカン科サンショウ属の植物。雌雄があり、雌木にしか実はならないそうだ。実の辛み成分サンショールは麻酔作用があるため、舌がピリピリ痺れるらしい。因みに四川料理には、痺れる辛味の「麻(マー)」と、ピリっとした辛味の「辣(ラー)」があり、麻味の素は、山椒とは同属異種のカホクザンショウの果皮、花椒(ホアジャオ)。
実山椒の収穫量全国1位は和歌山県だが、最近注目されているのが、兵庫県養父市(やぶし)八鹿町(ようかちょう)朝倉地区原産の「朝倉山椒」だ。他の山椒と違いトゲも雌雄もなく、突然変異による新品種と認められている。大粒で香りが良く、辛さはマイルドなのが特徴。豊臣秀吉や徳川家康に献上された記録も残っているという。
2014年、初の中山間地農業改革拠点として国家戦略特区に指定され注目を浴びた養父市では、朝倉山椒の栽培に補助金制度を設け、講習会を開催するなど産地化を推進。耕作放棄地の再生や、定年退職後の仕事づくりを目指し、安定して山椒が育てられる環境を整備した。あとは、販路拡大につながる加工品の開発が必要だった。
そこで、地元養父市のフランス料理店「レストラン・ラ・リビエール」の廣氏佳典総料理長が開発したのが、「朝倉山椒のタプナード」。タプナードとは、オリーブ、ケッパーやアンチョビなどをペースト状にし、オリーブオイルを加えた、フランス・プロヴァンス地方伝統のソースのこと。朝倉山椒は他の山椒に比べ、柑橘系の芳香成分リモネンの割合が高いため、レモンを入れるレシピもあるタプナードにはピッタリ。グリーンオリーブがベースのVERTと、ブラックオリーブにドライトマトを加えたROUGEの2種類を発売したところ、養父市特産品「やぶの太鼓判」に認定された他、日本が誇るべき優れた地方産品を海外に紹介する経済産業省のプロジェクト、「The Wonder500」にも選ばれるなど話題を呼び、地域振興に一役買った。
そのVERTをいただいてみた。山椒のこんな使い方があるなんて! アンチョビの代わりにツナが入っていて、塩味もマイルド。焼いたチキンや魚介類のスープなど、何に添えてもOK。爽やかな香りと柔らかい辛味があらゆる素材を引き立てる、万能調味料だ。ディップでもイケる。
こんなふうに、各地で地元食材の新たな可能性を引き出せたら、日本の食はますます魅力的になるだろう。
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。