【竹内美樹の口福のおすそわけ 371】紅茶の記憶~前編~ 竹内美樹


竹内氏

 雷に撃たれたかのような衝撃、という表現があるが、んなワケないでしょ?と思っていた。でも、ホントだったのだ。ある本を読んでいた時、目の中にその文字が飛び込んできた瞬間、思わず本を取り落としそうになってしまった。

 「ラプサン・スーチョン」、単に紅茶の名前なのだが、それを目にした途端に、小学生の頃から親しかった友人のことが思い浮かんだ。彼女は、某有名大学の大学院修士課程を修了し、大学でフランス語を教えていた才媛。チョッピリ風変わりなところがあって周囲から敬遠されがちだったが、筆者は不思議と馬が合った。食の嗜好も似ていた。お互いくどいモノが好きなのだ。例えばチーズなら、賞味期限が切れる頃のエポワス。マールという蒸留酒と塩水で洗ったウォッシュタイプのチーズで、フランスで「神様のおみ足」と称される強烈な臭いが特徴。賞味期限が近付くにつれ、熟成が進んでますますクセが強くなる。もう、たまらない。

 毎年、ボジョレー・ヌーヴォーの解禁日は一緒に飲んだ。ワインを輸入している某フレンチ・レストランでしか入手できない、こだわりのヌーヴォーを注文していたのだ。コレが、ヌーヴォーとは思えないほどの濃さで、くどいモノ好きのわれわれにピッタリ。どちらかの家でダラダラ飲み明かすのが年中行事だった。

 だが、数年前を最後に11月の第3木曜日に会わなくなってしまった。慌ただしさに紛れて、うっかりワインの注文を忘れ、明日解禁日じゃない?って思いつつ、結局スルーしてしまった。その後何となく連絡しづらくなり、今に至る。

 連絡を取らなくちゃと、頭の片隅に引っ掛かったままだったのだが、それを思い起こさせたのが、ラプサン・スーチョンである。そう、それは彼女と私が大好きな、「正露丸みたい」と言われるクセの強い香りの紅茶だ。あの薫香、そういえばしばらく嗅いでいない。

 実は紅茶党だったのだが、最近家でもオフィスでも飲むのはコーヒーだ。コーヒーは、ペーパーフィルターと粉をセットして水を入れればコーヒーメーカーが入れてくれるから楽チンだし、保温されているので好きな時に飲める。

 だが、紅茶は手間が掛かる。まず、やかんに勢いよく水道水を入れる。コレはおいしい紅茶への第一歩なのだ。蛇口から勢いよく注がれた水道水には、酸素がたくさん含まれている。それが茶葉に付着すると、茶葉が浮き上がり、成分の抽出に重要な「ジャンピング」という現象が起きるのだ。

 ドザールというスプーンで量った茶葉を入れたティーポットに沸かしたお湯を注ぎ、保温用ティーコージーを被せて砂時計をひっくり返し、待つことしばし。英国式ミルクファーストで、カップに冷たい牛乳を入れておき、砂が落ちたら茶こしを使って紅茶を注ぐ。いろいろと小道具を用意しなきゃいけないし、毎朝この儀式を続けるのは難しい。…と、ここでいったんブレイク。ティータイムにしようっと♪ 次号に続く。

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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