前号の続き。先日、どうしても食べたくなって「クラブ・ラングーン」を作った。アメリカでよく登場するアペタイザーの一つで、カニ肉とクリームチーズ、細ネギの小口切りを混ぜ、ワンタンの皮に包んで揚げたもの。実は筆者にとって思い出深い、特別なお料理だ。
その発祥の店といわれる、1934年にカリフォルニアで創業した「トレーダーヴィックス」の東京店には、今は亡き父に連れられ家族でよく伺った。必ずオーダーしたのがこのクラブ・ラングーンと、2メートルもの高さのチャイニーズ・オーブンで焼いた「特製ポーク・スペアリブ」だった。
南太平洋のアイランドリゾートをイメージして作られた同店。ポリネシア料理、中国料理、欧風料理などを融合させたフュージョン料理のパイオニアとして名をはせた。東京進出は1974年、ホテルニューオータニ内で開業した。世界一の大きさを誇る「魔法の薪窯(まきがま)」ことチャイニーズ・オーブンは、直火でなく間接的に食材をいぶし焼きにするため、仕上がりはジューシーで芳醇な香りに。コレは同グループ店にしかない技術なのだそう。
スペアリブは、アメリカでお料理を覚えた母がよく作ってくれる、わが家のお袋の味の一つだが、普通のオーブンで焼いた家庭料理と同店のそれとはまったく別モノ。お店に行かなきゃ味わえないのだ。
そしてもう一つ外せないのが「マイタイ」。ラムベースのこのカクテルも、同店で誕生したもの。創業者ヴィック・バージェロンが、何気なく手に取ったラム酒で作ったカクテルを飲んだ友人が、「この世のものとは思えない」というタヒチ語「Mai Tai Roa Ae!」と叫んだという。「一杯の楽園」と呼ばれるだけのことはあるが、やっぱりお店に行かなきゃ味わえない。
カクテル作りには技術が要る。真ん中の妹が一時期、カクテルに凝ったことがあり、シェイカーなど道具はあるものの、それを振る技術はない。かき混ぜるだけの「ステア」であっても、むしろシェイクより難しいといわれるくらい、ビミョーな加減があるようだ。
父は外食の時いつも、食前酒にドライ・マティーニのオン・ザ・ロックスを飲んでいた。マティーニはカクテルの王様と呼ばれ、基本はジンとドライ・ベルモットというシンプルな組み合わせなのだが、飲む人がさまざまなこだわりを持つ場合が多い。「007」のジェームズ・ボンドの「ウォッカマティーニを。ステアせずにシェイクで」というキメ台詞(せりふ)も有名だし、英国のチャーチル元首相はドライ・ベルモットの瓶を眺めながらジンを飲んでいたという逸話もあるらしい。
プロの腕があればこそ、こういったワガママな注文が通るのだ。そしてバーテンダーさんが、まるでその1杯に心血を注ぐかのようにカクテルを作る様子を見るのも、バーの醍醐味(だいごみ)の一つ。でも、バーに行かなきゃ味わえない。令和の禁酒令、早く何とかならないか? あぁ、マティーニもマイタイも飲みたい!
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。