【私の視点 観光羅針盤 334】「育てるホテル」への期待 石森秀三


 保有資産約27兆円で世界一の超富豪イーロン・マスク氏は5月8日付のツイッターで「出生率が死亡率を超えるような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなるだろう」と投稿して大きな波紋を広げている。マスク氏はテスラ社を創業して電気自動車で大成功を収め、さらにスペースX社を創業して「人類による火星移住計画」を推進するとともに、テスラ社でヒト型ロボットの製造販売を目指している。

 オプティマス(Optimus)と呼ばれるヒト型ロボットは身長172センチ、重量60キロで「危険かつ退屈な反復作業を代行し、人間はより楽しい仕事に集中できるために、世界に大きな変革をもたらす」とマスク氏は豪語しており、23年から製造開始の予定だ。

 マスク氏の厳しい指摘を待つまでもなく、人口激減対策、子育て支援、正常な移住政策の推進などは、日本の喫緊の国家的課題であるが有効な手立てが講じられないまま「衰退国家」の道を着実に歩んでいる。マスク氏は長期的視野で「人口減少による日本消滅」を論じているが、私はむしろ近未来的に「財政破綻による日本消滅」の方がより深刻ではないかと危惧している。

 ともあれ、日本では人口減少に伴って、人手の確保で大変厳しい状況が現出している。観光・旅行産業はポストコロナに向けて人財確保が最重要課題になっている。例えば、北海道労働局の調査では18年春に高校・大学を卒業し、道内の宿泊業・飲食サービス業に就職した人の半数以上が3年以内に離職したとのこと。

 北海道の宿泊業最大手・野口観光グループはコロナ禍以前の18年4月に職業訓練校として「野口観光ホテルプロフェッショナル学院」を開校した。当初はホテリエ養成の総合ホテル学科のみで発足し、19年に総合調理学科を追加設置。企業内職業訓練校であるために、学院生は野口観光の正社員として採用され、高卒並みの給料をもらうとともに、入学金・授業料無償、寮完備(3食付き)で働きながら学べ、各種の資格を取得できる。

 学院は野口観光運営の「新苫小牧プリンスホテル和~なごみ~」に併設されており、2年間の座学と実習を通じてホテルプロフェッショナル養成を目指している。すでに約120人が卒業しており、野口観光が道内各地や神奈川県で展開するホテルなどで仕事に従事している。

 学院長で野口観光社長の野口秀夫氏は「卒業生が他社に移っても宿泊業全体の底上げになる」と述べるとともに、「学院卒業生だけで運営するワクワクできるホテルを新設できないか」と構想している。私も学院卒業生が働いているホテルに宿泊したことがあるが、若いスタッフが生き生きと真摯(しんし)にさまざまな「おもてなし」に励んでいる初々しい姿に接して、心が洗われる思いを感じた。

 観光業・旅行業・宿泊業の根幹は「おもてなし」であり、従業者が心のこもったおもてなしを心がけておれば、客は自ずとリピートしたくなる。おもてなしの心を大切にして「育てるホテル」をモットーに若手人財の育成に尽力している野口観光のチャレンジを応援したい。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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