全国で約5千系統が運行されている高速バスであるが、そのうち、観光客の需要が目立つ路線は限られている。東京発着の路線で言えば、箱根、富士五湖、御殿場のアウトレットなど、極めて限定された行先に向かう路線のみである。
一般的には「バス=観光」という思われがちだが、それは、教育(修学)旅行などで利用する貸し切りバスや、旅行会社が企画・募集し、貸し切りバスを利用するバスツアーの印象から生まれたものである。
ところが、教育旅行や職域(社員)旅行といった「社会的旅行」は、以前に比べ存在感を低下させている。教育旅行に限って言えば、少子化による児童・生徒数の減少が追い打ちをかけている。
また、旅行会社によるバスツアーも、旅行者の成熟や自家用車普及によって個人旅行へのシフトが進んでいる。一時は急増した台湾や中国などからのインバウンドのツアーも、急速にFIT化が進展している。
貸し切りバスを中心に営むバス事業者にとっては、今後、市場縮小がさらに進む危機にあると言える。だが、個人旅行客が増加するということは、高速バスや定期観光バスの事業者にとっては大きなチャンスであるとも言える。
有名観光地を貸し切りバスで駆け足で回り、大型温泉旅館に宿泊するだけであった観光客が、個人ごとの興味関心に従って旅をするようになることは、バス業界に限らず広くツーリズム産業全体の成り立ちを変革するはずである。
また、訪日観光客がFIT化し「ゴールデンルート」から外れた「より深い日本」を訪れてくれるなら、多くの地域に飛躍のチャンスを与えてくれるはずである。
一方で、多くの旅行会社も宿泊施設も、そしてもちろんバス事業者も、おそらくはその変化を頭で理解しているにも関わらず、自らを変革できずあえいでいるように見える。
「バス」を切り口に、わが国のツーリズム産業のあり方について考えてみたい。
(高速バスマーケティング研究所代表)