【寄稿】新型コロナウイルス対策として観光業界がなすべきこと 立教大学観光学部教授 東 徹


 新型コロナウイルスの猛威は世界的な広がりを見せ、観光は大きな痛手を被ることとなった。日本においても、これまで好調だったインバウンドが減少に転ずることは予想に難くない。行き先の選択肢を狭められたアウトバウンドも減少するであろうし、行動自粛による国内観光の減少もみられ始めている。こうした状況が続けば2020年の観光産業は深刻な「コロナ不況」に陥ることになるだろう。

 こうした状況の中、観光関係者はとかく観光を「被害者側」において考えようとするが、観光が図らずも感染を拡大させる役目を果たしてしまうことも忘れてはならない。

 「コロナ」の影響による観光需要の急速な縮小は、宿泊業者にとって深刻な状況をもたらしている。こうした中で宿泊業者が今できることは、なんとか少しでも宿泊客を取り戻す手立てを考えるばかりでなく、「こんな状況でも来てくれた」宿泊客を大切にすることである。それには二つの方法がある。

 宿泊客の中から感染者が出てしまうとその影響は取り返しのつかないものになるかもしれない。「感染者が出た宿」として一気にその悪評は拡散され、それを払拭(ふっしょく)するのは容易なことではないだろう。悪くすればその影響は「コロナ」終息後も続き、経営を苦しめ続ける可能性もある。地域全体に悪影響が及ぶことすら考えられる。こうした事態をもたらさないよう、衛生管理の徹底化により、宿泊客や従業員の感染リスクをなんとしてでも避けなければならない。直接顧客の増加にはつながらない「守り」の対策ではあるが、不可欠な取り組みであろう。

 もう一つの取り組みは、「できる限りのもてなし」を提供し、宿での経験価値を高めてもらうことで、再訪や口コミを期待することである。まさに「満足した顧客が最高の営業マンになる」ことを期待するのである。こんなときだからこそホスピタリティ産業の原点に回帰し、顧客一人一人に向き合って質の高い接遇を行い、サービスの提供に努める。そうした取り組みを地道に丁寧に行う。それに勝る対策はない。

 いつしか日本の観光は数を増やすことばかりに終始し、関連業界はインバウンドに依存するようになってしまった。気がつけば有名観光地では、住民生活への悪影響(「観光公害」)が生じ始め、過剰需要による観光体験の質の低下を招き、日本人客の足を遠ざけている(「クラウディング・アウト効果」)ように思われる。

 増加するインバウンドを追い風にして一見好調に見える観光関連業界であるが、その一翼を担う宿泊・飲食業は深刻な担い手不足に苦しんでいる。従業員にとって働く魅力に乏しい「ブラック」な業界などといわれることもある。サービスの質的向上を図り、顧客満足度と収益性の向上を通じて経営基盤の強化につなげ、従業員が安心してやりがいをもって働ける魅力ある職場を作る―そうした課題を抱えていることも忘れてはならない。

 「コロナ」のもたらした事態は深刻であり、まだ先の見えない状況にある。こうした切羽詰まった状況で、「あるべき姿」を思い描く余裕がないのは分からなくはない。だが、「今の状況をしのげば『コロナ』はいずれおさまり、また『もとのにぎわい』が戻ってくる」―そんなふうに考えてはいないだろうか。対症療法に終始するだけでなく、病が癒えた後のQOL(quality of  life)を考えるのと同じように、「コロナ」終息後の観光と関連産業のあり方、いわば「QOT」(quality of tourism)を考え始めることも今なすべきことの一つであろう。「コロナ」が過ぎ去った後、どのような観光の姿を思い描いて復興を目指すのか、混乱の最中にあっても、誰かがそれを考え始めなければならない。

 われわれは、今回改めて観光市場と関連産業の脆弱(ぜいじゃく)性を思い知らされた。誰もが想定外であった突然の脅威に対しては、政府による緊急支援対策も必要であろう。しかしながら、日本は「災害大国」でもある。不測の事態が起こるたびに緊急対策を講ずるだけでなく、「いつ来るか分からないが、いつかは来る」という「覚悟」と「備え」が必要であろう。観光市場の脆弱性を再認識し、事が起こったときの被害を最小限に抑える「セーフティーネット」を時をおかずに発動できる仕組みづくり、そして観光に関わる産業や地域が「立ち直る力」を支援する仕組みづくりが求められる。

 
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