今年の3月にソウルを訪れ、韓国のキャッシュレス事情について小欄で書いた。4月に再び韓国へ行ったが、ソウルではなく中西部の忠清南道に位置する公州市と扶余郡を駆け足で巡った。ここは古代日本と所縁があった百済の地。今秋、17日間にわたり繰り広げられる韓国最大級の歴史文化フェスティバル「2023大百済典」の開催予定地でもある。
筆者は2016年、この地を回った際に取材先から尋ねられるままに、いくつか注文をつけた。最も強く感じたのが、観光施設や博物館などの説明、案内掲示にハングルが多く、たまに英語表示があるものの日本語は極めて少ないとのことだった。今回もこれはあまり変わっていなかった。日本語ガイドを頼めば解決するが、だれもがガイド付きで旅するわけではない。
ホテル客室の案内もハングルのみだった。テレビのリモコンの使い方にも苦労した。海外のホテルでは、NHK国際放送やアメリカのCNNが見られ、備え付けのチャンネル一覧表から番組を選べる施設もあったからだ。
さらに、驚いたのがホテルのアメニティだった。これまで泊まった国内外の旅館やホテルには浴衣やバスローブ、ひげそり、歯ブラシ、歯磨き、そしてスリッパなどが備え付けられているのが常だった。それが無かった。冷蔵庫にはミネラルウォーターはあったが、ティーバッグやインスタントコーヒーの小袋も置いていなかった。高級な部類にランクされるホテルだったので、不思議な感じがした。アメニティが少ないのは、ソウル中心部にあるホテルでも同じだった。
こうしたことを筆者は旅の前に知っていたので、自宅から必要な物を持参して困ることはなかった。同行した記者の何人かは慌てて街中のコンビニで歯磨きセットなどを買っていた。客室は清潔で機能的だった。ただ、備品や案内表記の点では、がっかりした。外国人観光客を呼び込みたいにもかかわらず親切ではない。
カナダのホテルでは使い捨ての歯ブラシ、歯磨き、ひげそりがなく、必要な場合はフロントに申し出れば提供するように言われた経験がある。1回切りの使い捨ては資源の無駄との理由だった。韓国のホテルの意向は聞きそびれたが、快適ではなかった。
宿泊施設の対応では、40年近く前のことを思い出した。1985年に茨城県筑波学園都市で開催された科学万博の取材をしていた。入場者数2千万人を掲げた大イベントであり、半年近く会場内外を歩き回り、写真を撮り、記事を書いた。その一つが宿泊施設の夕食時間についてだ。
科学万博は日が長くなる3月半ばから9月半ばまでの会期のため、会場で目いっぱい楽しんで、チェックインすると7時を回る。しかし、夕食は6時スタートという宿が多かった。こうなると5時過ぎには宿に到着し、あわただしくひと風呂浴びて夕食をとる。もう一つ、旅館に洋式トイレが少なくて困ったと勤務先の新聞社に投書があった。同県の観光関係者に問い合わせたところ、「茨城県民は商売気がないんだよね」と自嘲気味な返事が返ってきた。
宿泊施設の備品やサービスは、AIを活用することによって利便性が増している。自動翻訳が普及すれば、説明や案内の問題は改善されるはずだ。今でもスマホを案内板などにかざせば、自国語に翻訳してくれる多言語対応システムもある。
ただ、AIなどの先端技術に任せていい分野と接客術にたけたスタッフのきめ細かな配慮の双方があってこそ、顧客満足度が高まるのではないか。一例を挙げれば、デジタル端末の画面で手続きを済ませる自動チェックアウトは便利だし、フロントで待つ必要もないが、何となく味気なさも感じる。ロボットに「お気を付けて旅を楽しんでください」とあいさつされても、旅情はわかない。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)