北村氏
経営者や運営責任者は、宿泊客から常に見られています。
いや、正確には、見られているのではありません。感じ取られているのです。
本人が顧客の前に姿を見せなくても、その美意識や価値観は、宿泊施設の至るところに現れます。建物、客室、照明、備品、サービスの仕組み、スタッフの立ち居振る舞い。顧客は、それらを一つ一つ分析しているわけではありません。しかし、滞在を通して、その施設をつくり、動かしている人が何を大切にしているのかを感じ取っています。
本稿では、経営者や運営責任者の人格、美意識、思想が、ハード、ソフト、ヒューマンを通じて施設全体に表現され、顧客が本人に会わなくても、その人柄や価値観を感じ取ることができる性質を「宿泊施設のアート性」と定義します。
施設と女将の印象が重なった体験
ある地方の宿泊特化型ホテルを訪れたときのことです。
華美な施設ではないかもしれません。しかし、客室のしつらえ、照明の選び方、備品の配置など、細部にまで繊細で洗練された美意識が感じられました。必要なものが過不足なく整えられ、一つ一つの選択に理由があるように思われました。
その後、経営を担う女将にお会いしました。穏やかでありながら明確な考えを持ち、お客さま一人一人に真摯に向き合う方でした。そのとき私は、施設から受けた印象と女将の人柄が、不思議なほど重なっていることに気付きました。
客室の家具や照明は、女将の人格そのものではありません。しかし、何を選び、何を置かず、どの状態を良しとするかという判断には、美意識が現れます。どのようなサービスを提供するかという仕組みには、思想が現れます。スタッフが顧客とどのような距離を取り、どのような言葉を掛けるかという振る舞いには、人との向き合い方が現れます。
女将の人格が直接見えたのではありません。女将が積み重ねてきた選択を通して、その人柄が感じ取られたのです。
三つの要素が施設固有の色をつくります
宿泊施設の価値は、ハード、ソフト、ヒューマンという三つの要素から構成されます。
ハードとは、建物、客室、設備、家具、照明、備品などです。ソフトとは、予約、清掃、運営、サービス設計、苦情対応などの仕組みです。ヒューマンとは、接客や現場判断を担う人です。
経営者や運営責任者の美意識は、主にハードに現れます。豪華さを求めるのか、簡素さを大切にするのか。明るさを求めるのか、落ち着きを求めるのか。建物や備品は無言ですが、それを選択した人の価値観を映しています。
思想は、ソフトに現れます。効率を優先するのか、手間がかかっても個別の事情に応えるのか。問題が生じた際、規則だけで判断するのか、顧客の事情も考えるのか。仕組みは単なる業務手順ではありません。経営者が何を守り、何に責任を持つのかを具体化したものです。
人との向き合い方は、ヒューマンに現れます。どのような人を採用し、どのように育て、どこまで権限を与えるのか。スタッフが顧客に示す姿勢には、経営者が日頃、スタッフにどのように向き合っているかまで表れます。
この三つの要素は、光の三原色にも似ています。
赤、緑、青の光は、それぞれが異なる性質を持ちながら、重なり方によって多様な色を生み出します。同様に、ハード、ソフト、ヒューマンも、その組み合わせによって施設固有の体験をつくります。
三つの要素を、すべて強くすればよいわけではありません。人によるサービスを抑え、利便性と合理性を前面に出すホテルもあります。反対に、人と人との関係を価値の中心に据える旅館もあります。
重要なのは、要素の多さではありません。施設が目指す体験に沿って、三つの要素が調和していることです。
経営者の人格は、三要素のどれか一つだけに現れるのではありません。三つが重なることで、その施設にしかない一つの色として現れるのです。
アート性は豪華さではありません
ここでいうアート性は、施設の豪華さや価格帯を意味しません。
簡素な宿泊特化型ホテルであっても、つくり手の思想がハード、ソフト、ヒューマンに一貫して現れていれば、そこにはアート性があります。
反対に、どれほど豪華な施設であっても、建築、サービス、接客の方向がばらばらで、その背後にある思想が感じられなければ、施設としての顔は見えにくくなります。
高価な家具や美術品を置くことが、アート性ではありません。アート性を生むのは、要素の多さでも、投じた金額でもなく、異なる要素を貫く表現の一貫性です。
施設の「らしさ」と自己相似性
自然界には、樹木の枝分かれや海岸線のように、全体と部分に似た構造が現れるものがあります。観察する尺度を変えても、一定の特徴が繰り返し見えてくる性質を、広い意味で自己相似性といいます。
優れた宿泊施設にも、これに似た構造が見られます。
静けさを大切にする施設であれば、その思想は客室の遮音性だけに現れるものではありません。照明、館内音楽、スタッフの声の大きさ、清掃作業の時間帯、扉の閉め方にまで現れます。
地域とのつながりを大切にする施設であれば、地域の食材を使うだけではありません。地元での採用、地域企業への発注、周辺店舗の案内、地域行事への参加といった経営判断にも、その思想が現れます。
客室という一つの部分を見ても、施設全体と同じ価値観が感じられます。スタッフの一言や一つの備品からも、その施設が何を大切にしているのかが伝わります。
部分は、全体の単純な縮小コピーではありません。それぞれが異なる役割を担いながら、同じ思想を別の形で表現しています。どこを切り取っても施設固有の「らしさ」が感じられる状態を、本稿では「宿泊施設における自己相似性」と捉えます。この自己相似性が成立したとき、経営者の人格は、一部の内装や接客だけでなく、施設全体から感じ取られるようになります。三原色が三要素の組み合わせを表すとすれば、自己相似性は、そこに宿る思想が全体から細部まで一貫して現れることを表します。この二つが重なるところに、宿泊施設固有のアート性が生まれます。
意図しない人格も伝わります
注意すべきなのは、経営者が伝えたい人格だけが、顧客に伝わるわけではないことです。
「心のこもったおもてなし」を掲げていても、館内表示が分かりにくく、設備の不具合が放置され、スタッフが疲弊していれば、顧客は掲げられた理念とは異なるものを感じ取ります。
細部に手が届いていない施設からは、経営の余裕のなさが伝わることがあります。規則を過度に優先するサービスからは、顧客よりも管理を重視する姿勢が感じられることがあります。スタッフが失敗を恐れている施設からは、その背後にある組織の緊張まで伝わる場合があります。
つまり、宿泊施設は、経営者が意識してつくった表現だけでなく、意識せずに残した痕跡まで顧客に示しています。広告では、施設が見せたい姿を伝えられます。しかし、滞在中の体験には、施設の実際の姿が現れます。顧客は経営者の言葉を知らなくても、施設を通して、その価値判断を感じ取っているのです。
アート性は一人では完成しません
ただし、宿泊施設のアート性は、経営者一人では完成しません。
宿泊施設は、多くの人によって運営されます。経営者の思想が、支配人、料理人、清掃担当者、設備担当者、接客スタッフに理解され、それぞれの仕事へ翻訳されなければ、施設全体の表現にはなりません。
経営者の役割は、すべてを自分の好みに従わせることではありません。施設が何を大切にするのかを明らかにし、現場の一人一人が、それを自らの仕事で表現できる状態をつくることです。
同じ思想から生まれる行動であっても、相手や状況によって表現は変わります。静かに過ごしたい顧客には距離を置き、不安を抱えた顧客には一歩近づく。行動は異なっても、「相手を尊重する」という根底の考え方は共通しています。行動を完全に統一するのではなく、表現の源泉を共有することが必要なのです。
結び
本稿で提唱する「宿泊施設のアート性」とは、建物や内装が美しいことではありません。
経営者や運営責任者の人格、美意識、思想が、ハード、ソフト、ヒューマンを通じて施設全体に表現され、顧客が本人に会わなくても、その人柄や価値観を感じ取ることができる性質です。
ハード、ソフト、ヒューマンという三つの要素が、三原色のように重なります。そこに表現される思想が、自己相似的に全体から細部まで行き渡ったとき、施設固有のアート性が生まれます。
顧客は、客室のしつらえに美意識を感じ、サービスの仕組みに思想を感じ、スタッフの振る舞いに人との向き合い方を感じています。
宿泊施設は、人を泊めるための器であると同時に、そこに関わる人々の思想と人格が、顧客へ向けて表現される場でもあります。経営者が顧客の前に姿を見せなくても、その人柄は施設を通して伝わっています。
それこそが、私の考える「宿泊施設のアート性」なのです。
株式会社日本ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




