東商、東京都に中小企業対策の重点要望 「稼ぐ力」強化へ価格転嫁・事業承継を最重点に


 東京商工会議所(小林健会頭)は7月9日、「東京都の中小企業対策に関する重点要望」を取りまとめ、東京都および東京都議会に対して強く働きかけていく方針を明らかにした。「稼ぐ力」強化を支える環境整備と、挑戦する中小企業・小規模事業者の後押しを柱に据え、価格転嫁・取引適正化の定着と健全な新陳代謝に資する環境整備を最重点項目として位置づけた。

 要望は中小企業委員会(委員長:宮入正英副会頭・株式会社宮入代表取締役社長、鰐渕美惠子特別顧問・株式会社銀座テーラーグループ代表取締役会長)において取りまとめられた。

防衛的な賃上げ6割、厳しい経営環境が浮き彫りに

 東商が本年6月に公表した「中小企業の賃上げ・賃金改定に関する調査」(東京商工会議所・日本商工会議所、2026年6月)によると、2026年度に賃上げを実施(予定含む)した企業は71.3%と前回比1.7ポイント増加した一方、そのうち約6割(全体で60.9%、小規模企業では66.3%)は「防衛的な賃上げ」にとどまっていることが明らかになった。正社員の賃上げ率(月給)は全体で4.01%、小規模企業では3.38%だった。

 背景には深刻な人手不足のほか、円安や原材料・エネルギー価格・労務費の高騰に伴うコストプッシュ型インフレがある。加えて、中東情勢の長期化が事業継続への影響を強く懸念させている。

 価格転嫁の状況も足踏み状態が続く。コスト増加分の「4割以上を転嫁できている」企業の割合は全体で42.8%(前回43.4%)と改善が見られず、取引形態別では、BtoB(企業間取引)が45.0%(前回45.9%)であるのに対し、BtoC(対消費者取引)では、「全く転嫁できていない」「1〜3割程度」の合計が全体の約6割に及ぶなど、特に一般消費者向け取引での価格転嫁が進んでいない実態が浮き彫りになった。

 収益面でも、コロナ前後で業況の二極化が鮮明だ。2023年以降の調査では「赤字」と答えた企業が約22%前後で推移し、コロナ前の2018年・2019年調査の水準(約11〜14%)を大きく上回っている。

最重点項目① 価格転嫁・取引適正化の定着

 東商は要望において、「賃上げ・消費拡大の経済好循環に向け、物価上昇を上回る賃上げ原資の確保を、官民挙げて一層強化すべき」との姿勢を明確にしている。

 官公需での価格転嫁については、本年4月に国が公表した「官公需における価格転嫁・取引適正化加速化プラン」に則り、東京都および区市町村の公共調達における取り組み推進と、その状況の「見える化」を求めた。企業からは「契約後の原材料費や運送費、人件費等の値上がり分が転嫁できない」との声も寄せられている。

 BtoC事業者に対しては、「良いモノ・サービスには値が付く」「適正価格の取引が巡り巡って自らの所得向上につながる」といった認識を消費者に浸透させるため、東京都の発信力を活かしたメディアを通じた広報活動の継続・強化を要望した。

 具体的な要望項目は以下の通りだ。

  • 官公需における価格転嫁・取引適正化の徹底(新規項目)

  • BtoC事業者の円滑な価格転嫁実現のための理解促進

  • 物価高騰の影響を受ける中小企業の収益力改善支援(新規項目)

  • 労務費・エネルギーコストを含めた価格交渉に資する原価把握・交渉戦略策定の支援(新規項目)

  • 「中小受託取引適正化法」「受託中小企業振興法」の周知・啓発事業の展開

  • 受注者の価格交渉促進に向けた業種に応じた個社支援の継続

  • 「パートナーシップ構築宣言」の強力な推進(東京都の委託事業における採択条件化、各種補助金・助成金の加点要素への追加等)

 東商はこれに先立ち、2026年5月に「関東商工会議所連合会 価格転嫁推進共同アピール」を採択しているほか、「中小受託取引適正化法・受託中小企業振興法」の周知を目的に6団体共催でオンラインセミナー(383名申込)を実施するなど、独自の取り組みを積み重ねてきた。

最重点項目② 健全な新陳代謝に資する環境整備

 東商が設置する「経営安定特別相談室」には、昨年度(2025年度)に過去10年間で最多となる123件の相談が寄せられ、その半数以上が事業の整理・破産・廃業に至った。また、資本金や負債額の小規模な事業者の倒産が2000年度以降で過去最多となっていることも明らかになっており、事業継続の断念が相次ぐ深刻な状況が続いている。

 こうした実態を受け、要望では事業再生・再チャレンジ・廃業を図る企業への早期支援を柱の一つとして位置づけた。

 「市場からの退出を回避するためには、平時からの予兆管理などを通じて事業者の早期相談を促し、フェーズに応じた適切な支援を可能な限り早期に講じることが最も重要である」と強調し、東京信用保証協会をはじめとした公的機関、地域金融機関などオール東京での支援強化を求めた。

 具体的には、「経営者保証に関するガイドライン(保証債務の整理)」および「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」の周知徹底・活用促進、倒産・廃業分野の高度な専門性を有する専門家に対する謝金の適正な単価への引き上げ(新規項目)、廃業事業者に雇用されている従業員の再就職支援の強化(新規項目)なども求めた。

 事業承継については、「2026年度版中小企業白書」を根拠として、中小企業の後継者不在率は減少傾向にあるものの依然として全体の過半を占め、60歳以上の経営者が全体の約半数にのぼると指摘。2018年に創設された事業承継税制の特例措置は2028年1月以降に新規活用ができなくなることから、「事業承継は企業にとって永続的な課題」として恒久化を強力に後押しするよう求めた。

 また、多くの中小企業から「長年の経営努力により企業価値を高めた結果、自社の株式評価が高騰し、事業承継が困難な状況に陥っている」との切実な声が寄せられていることも紹介し、取引相場のない株式の評価制度見直しについて、中小企業の円滑な事業承継に資する評価方法の確立を訴えた。

 事業承継関連の具体的な要望項目は、以下の通りだ。

  • 計画的な事業承継対策のさらなる推進

  • 事業承継を契機とした後継者のイノベーション創出の後押し(新規項目)

  • 役員である後継者・経営幹部候補の研修費用の補助対象化(新規項目)

  • 事業承継税制特例措置の恒久化に向けた後押し

  • 従業員承継に特化した公的な事業承継支援ファンドの創設

  • 再生M&Aの推進に向けた環境整備(新規項目)

  • 「ファンドを活用した小規模企業の事業承継支援事業」の周知・活用促進(新規項目)

  • 同業者間・取引先間での事業譲渡の推進に向けたマッチング支援体制構築の後押し(新規項目)

重点項目 人手・人材不足への対応と付加価値向上

 重点項目では、「人手・人材不足への対応強化」「付加価値向上に向けた取り組みの支援」「成長ステージ・中小企業の役割に応じた支援の強化」「世界に輝く都市の実現に向けた環境整備」の4項目を掲げた。

 人手・人材不足への対応では、デジタルシフトによる生産性向上と省力化を重視。東商が本年6月に公表した調査では8割以上の企業が生成AIを活用していると回答した一方、社内ルールの整備を伴わない運用実態も見られたとして、生成AI活用リテラシーの向上に資する教育プログラムの創設と中小企業への提供を求めた。また、「DX推進トータルサポート事業(生産性向上コース)」の継続・支援対象社数の拡大、「中小企業デジタル導入促進補助事業」の公募期間拡大なども要望に盛り込んだ。

 働き方改革については、現場人材を抱える業種において時間外労働上限規制が事業運営に大きな影響を与えているとし、受注機会の喪失・営業時間短縮による売上減少、管理職への業務負担の増加といった課題が顕在化していると指摘。健康確保と労使合意を前提とした時間外労働上限規制の一部例外措置、変形労働時間制の要件緩和等、中小企業の実態を踏まえた「働き方改革」の見直しに向けて国へ強力に働きかけるよう要望した(新規項目)。

 外国人材については、2027年4月から施行される育成就労制度も契機として、真に必要な外国人材の受入れ拡大の道を確保するとともに、明確なキャリアパスの構築と、より長く活躍できるような支援を求めた。在留外国人や外国人旅行客の増加に伴う問題についても言及し、「経済社会を共に支え合う存在」としての外国人との秩序ある共生と受入れに向けた環境整備を求めた(新規項目)。

 生産性向上を阻害する納税事務負担の削減については、現在議論されている飲食料品に係る消費税減税を取り上げ、「BtoCの現場における事務負担増・混乱、経理事務の複雑化、外食産業の売上減、飲食料品を扱う業種における資金繰りの悪化等、中小企業・小規模事業者の経営に大きな影響を与えることから、慎重に検討すべきである」と明記した。仮に減税を実施する場合は、価格転嫁の推進、価格表示の柔軟化、資金繰り支援等の十分な措置を講じるよう求めた。

 付加価値向上に向けた取り組みの支援では、イノベーション創出に対する支援強化を訴えた。オープンイノベーションを有効な手段として位置づけ、「連携相手の開拓から協業の実行、成果創出に至るまでの一連のプロセスを提供するオープンイノベーションプラットフォーマーを活用した支援強化」とプラットフォーマー利用に係る補助制度の創設を要望した。

 国内外の販路開拓については、中長期的な国内市場の縮小を見据えた海外進出支援の充実を求めるとともに、「自社の商品・サービスのニーズがあるか知りたい」との経営者の声を踏まえ、テストマーケティングとして活用できる「越境EC出品支援」の継続と出品初期段階における個社支援の強化を求めた。

 知的財産については、「中小企業の『稼ぐ力』、すなわち付加価値創出の源泉は、技術・技能、ノウハウ、ブランド、人脈といった知的財産および無形資産にある」として、知財経営リテラシーの向上に向けた普及啓発と、東京都の重要政策としての知的財産の位置づけを求めた。

スタートアップ支援、インフラ整備、ツーリズムにも言及

 成長ステージに応じた支援では、スタートアップの促進も重要項目として掲げた。2024年度の東京都の開業率が4.4%と、10%前後で推移する欧米主要国と比べて低位にとどまっているとの現状認識を示し、失敗を許容し挑戦を後押しする風土の醸成、創業期のビジネスアイデアのブラッシュアップ支援、スタートアップと中小企業の連携を促進するプログラムの充実などを求めた。

 世界に輝く都市の実現に向けた環境整備の項目では、2025年「世界の都市総合力ランキング」(森記念財団都市戦略研究所)で東京が初めてロンドンに次ぐ第2位となった一方、「交通・アクセス分野」での「渋滞の少なさ」が31位、「空港アクセス時間の短さ」が36位と低位にとどまっていることを指摘。首都圏三環状道路の整備推進や羽田空港アクセス線の早期整備など、国内外ネットワークの機能強化を求めた。

 2027年3月に神奈川県横浜市で開催される国際園芸博(GREEN × EXPO 2027)を契機とした持続可能な都市形成も要望に盛り込んだ。屋上・壁面緑化の推進、自動運転車両の早期実装、電動車の普及促進といった具体的施策を挙げた。

 ツーリズムについては、2025年の訪日外国人旅行者数が約4,268万人、訪日外国人消費額が約9.5兆円といずれも過去最高を更新し、自動車産業に次ぐ第2位の規模に成長したことを紹介。一方で、一部地域への需要集中や中東情勢の緊迫化による燃油サーチャージの高騰など外部環境の不確実性を課題として指摘し、国内旅行市場の継続的な拡大に向けた支援強化を求めた。

中東情勢の影響を受ける中小企業への対応も盛り込む

 今回の要望では、中東情勢の影響を受ける中小企業への対応に関する要望項目も独立して設けた。

 「業務用オイルについて、メーカーから全て出荷停止。顧客から引き合いはあるものの商品在庫がなく、売りたくても売れない状況にあり、事業継続は難しい」(卸売業他)との企業の声を紹介した上で、エネルギー・原材料の価格高騰や流通の目詰まりなどの供給制約の影響を受ける中小企業・小規模事業者に対する資金繰り支援の継続を求めた。具体的には、「中東情勢対応クイックつなぎ」等、令和8年度6月補正予算に盛り込まれた各種融資制度の継続を挙げている。

 そのほか、適切な価格転嫁に向けたプッシュ型支援「中東情勢による原材料価格高騰に伴う価格転嫁等緊急支援事業」の周知・活用促進、資材不足や価格高騰を踏まえた官公需対応(受注者からの申出に応じた契約変更や納期・工期変更等の柔軟な対応)、エネルギー構造の転換に向けた脱炭素施策の加速化なども要望している。

 本要望は第794回常議員会(2026年7月9日付)で決議されたもの。東商は今後、要望内容が東京都の中小企業対策に反映されるよう、東京都および東京都議会に対して働きかけを続けていく。

 
 

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