北村氏
(1)はじめに
私はホテルや旅館を、都市の末端にある産業だとは考えていません。むしろ宿泊業は、その都市や地域がどれだけ人を引き寄せ、どれだけ滞在する理由を持ち、どれだけ記憶に残る時間を提供できるかを、最前線で受け止め、磨き上げる産業です。だからこそ、宿泊業に携わる私たちは、自分が立つ場所がどのような都市の力学の中にあり、これからどの方向へ変わっていくのかを、構造的に理解しておく必要があります。
これから紹介する「四要素・動的モデル」は、人口減少時代の日本の都市と地域が、何を強みとし、何を補えば未来を開けるのかを見るための枠組みです。難しい数式を使うものではありません。しかし、この見方は、主要都市の中心エリアを観察・分析する中で見えてきた、実務的な都市理解の枠組みです。
(2)従来の見方の限界
都市の将来性は、これまで長く、不動産や都市計画の分野で積み上げられてきた理論を土台に語られてきました。
中心業務地区を核に都市が広がっていくという考え方、中心から外側へ層状に発展していく同心円モデル、鉄道や幹線道路、河川などに沿って扇形や帯状に伸びていくセクターモデル、駅前、空港、大学、工業団地など複数の核が形成される多核心モデル。さらに、都市が周辺地域に財やサービスを供給する中心地として機能するという中心地理論や、外から所得を稼ぐ機能が都市成長を支えるという経済基盤分析もあります。
これらの理論はいずれも、都市発展には一定のファンダメンタル(基礎要因)があるという点で共通しています。そして、そのファンダメンタルとして特に重視されてきたのが、総人口、就労人口、世帯所得の三つです。確かに人がいて、働く人がいて、所得があれば、街にお金が落ち、不動産が動き、商業が成り立ちます。
しかし、これらの見方をそのまま現在の日本に当てはめるには、限界があります。人口が大きく増えていない地域でホテル投資が進み、駅前の地価が上がり、夜の街が再び活気を取り戻している現象を、人口・就労・所得の三つだけでは十分に説明できないからです。
私たちが現場で目にしている変化は、従来の指標だけでは捉えきれないものです。だからこそ、新しい補助線が必要になります。
(3)都市の将来価値を支える四つの力
私が提案するのは、都市の将来価値を四つの力の組み合わせで捉える見方です。
第一は、基礎需要(総人口、就労人口、世帯所得の三つ。)です。これは、その街に住む人々が生み出す日常の需要です。住宅、買物、医療、教育、業務といった、地に足のついた経済活動を支える力です。
第二は、外部流入需要です。これは、その街に住んでいないけれど訪れる人々がもたらす需要です。観光客、出張者、イベント参加者、訪日外国人、関係人口など、外から流れ込んでくる経済の力です。
第三は、回遊・滞在需要です。これは、訪れた人がどれだけ街を歩き、どれだけ長くとどまり、夜から翌朝までどれだけ消費するかという、滞在の厚みです。宿泊とは、その都市に時間を預ける行為です。ここが豊かになると、同じ来訪者から得られる価値が何倍にも広がります。
第四は、土地利用転換力です。これは、需要が変わったときに、空きビル、古い建物、低未利用地を新しい用途へ柔軟に変える力です。需要を受け止める空間が用意できなければ、せっかくの可能性も都市に定着せず、流れ去ってしまいます。
都市の将来価値は、この四つの力の組み合わせで決まります。これをあえて式で表すなら、次のようになります。
都市の将来価値=(基礎需要+外部流入需要+回遊・滞在需要)× 土地利用転換力
ここで土地利用転換力を掛け算で表すのは、需要が存在しても、それを受け止める空間がなければ価値が都市に定着しないからです。逆に、空きビル、低未利用地、古い宿泊施設などを新しい用途へ転換できる都市では、同じ需要でもより大きな価値へ変換されます。
つまり、基礎需要が弱くても、外部流入需要と回遊・滞在需要が強く、さらに土地利用転換力があれば、街は活気を取り戻します。反対に、人が来ても滞在につながらなければ通過点に終わり、土地利用が変わらなければ価値は定着しません。
(4)主要中心地に当てはめて見えてきたこと
この四つのものさしで主要な中心エリアを見ていくと、都市の規模や人口の絶対値ではなく、四つの力の組み合わせ方こそが、街の個性と未来を決めていることが見えてきます。
人口が大きいから栄えるのではなく、外部流入需要と回遊・滞在需要が組み合わさるから栄える街があります。基礎需要は中位でも、土地利用転換力が制度的に支えられることで、成長速度を高めている街があります。逆に、回遊・滞在需要が非常に強くても、土地利用転換力が追いつかず、住民生活が圧迫され始めている街もあります。
そして興味深いのは、四つの力すべてが高水準で均衡している場所は、まだ多くありません。つまり、日本の都市にはまだ伸びしろが残っています。
(5)静から動へ 「いま」から「これから」を読む
ここからが本題です。ある時点で四つの力を評価するだけでは、それは都市の写真にすぎません。実際の都市は、常に動き続けています。四つの力は互いに影響を与え合いながら、時間とともに姿を変えていきます。
宿泊業に関わる私たちが本当に知りたいのは、「自分の街は、これからどう動くのか」ということでしょう。そこで、四つの力のうちどの二つが現在強いかを観察すると、その街の将来をある程度読むことができます。
基礎需要と土地利用転換力が強い街は、数年から十年をかけて、滞在機能と外部需要が後からついてくる総合都市型へ成熟していきます。大規模な再開発で生まれた空間にホテルや複合商業が組み込まれ、結果として観光・滞在の厚みも増していきます。ただし、転換完了後に需要が追いつかなければ、過剰供給に陥るリスクもあります。
外部流入需要と土地利用転換力が強い街は、数年のうちに滞在需要が急上昇し、観光主導の都市へ変貌します。新規ホテルの開業が連鎖し、滞在の厚みを急速に押し上げます。ただし、基礎需要が伴わないまま観光に依存しすぎると、需要ショック時の脆弱性が高まります。
外部流入需要と回遊・滞在需要が強い街は、短期的には客室単価の上昇と稼働率の高止まりにより、最も華やかな段階を迎えます。しかし土地利用転換力が追いつかないと、住民生活が圧迫され、地価が上がりすぎ、住宅が流出し始めます。この型は、五年から十年後にオーバーツーリズムによって都市の魅力そのものを損なうリスクを抱えることになります。
基礎需要と外部流入需要が強い街は、業務と観光が同時に厚い街として、安定的な発展経路をたどります。国際会議や大型イベントによる長期滞在が、回遊・滞在需要を底上げします。制度設計が土地利用転換を後押しできれば、四つの力が均衡する成熟都市へ近づくことができます。
回遊・滞在需要と土地利用転換力が強い街は、夜間機能、複合機能、公共空間が連鎖的に整備され、二十四時間都市化が進みます。一方で、住民の生活空間と観光客の滞在空間が重なり合うため、地価高騰や住民流出への目配りが必要になります。
基礎需要と回遊・滞在需要が強い街では、居住者と来訪者が同じ空間を共有する、新しい滞在形態が生まれます。ワーケーション、関係人口、二地域居住など、住民と観光客の境界が曖昧になる方向へ街は変質します。これは、これからの日本で最も興味深く、宿泊業にとっても新しい事業機会を開く方向です。
(6)単独優位の危うさ
ここで強調したいのは、四つの力のうち一つだけが強い街は、長期的には必ず脆弱になるということです。
基礎需要だけが強い街は、人口減少時代に静かに沈みます。外部流入需要だけが強い街は、需要ショックで崩れます。回遊・滞在需要だけが強くても、再来訪が生まれなければ一過性で終わります。土地利用転換だけが進んでも、需要が伴わなければ箱物衰退に陥ります。
二つ以上の力が組み合わさることこそが、街の持続的発展の最小条件です。
(7)経験から導かれる七つの法則
四つの力の動きから、次のような法則が見えてきます。
第一に、都市の持続的発展には、複数の力が相互に補完し合う構造が必要です。
第二に、外部流入需要と回遊・滞在需要が天井に近づいたとき、次の制約は必ず土地利用転換力になります。
第三に、外部流入が滞在に転化するのは速く、土地利用転換が基礎需要を変えるには時間がかかります。この短期効果と長期効果のずれが、政策と投資の判断を難しくします。
第四に、自治体が制度を設計して進める土地利用転換は、自然発生的な転換よりも大きく、持続的な成果を生みます。
第五に、新幹線、空港、主要道路のような広域交通結節は、四つの力すべてに増幅効果をもたらします。
第六に、回遊・滞在需要が過熱しても土地利用転換が追いつかないと、五年から十年で住民生活が侵食され始めます。これがオーバーツーリズムの動的本質です。
第七に、四つの力すべてを高水準で均衡させる余地は、多くの街に残されています。だからこそ、その均衡状態は、日本の都市がこれから目指し得る到達点だと考えます。
(8)ホテル・旅館の経営者にとっての意味
この動的な見方を、宿泊業の立場に引き寄せると、いくつかの実践的な示唆が浮かびます。
第一に、自分の宿が立つエリアが、現在どの二要素優位パターンにあるかを把握することです。それによって、五年先、十年先にどのような来訪者層が、どのような単価で訪れ、競合がどう増え、街の歩き方がどう変わるのかが見えてきます。
第二に、ホテルと旅館は役割が異なるということです。ホテルは都市の外部流入需要と機能集積を映す鏡です。立地、客室数、稼働率、客室単価、ブランド構成は、その街の現在地を雄弁に語ります。一方、旅館は地域の固有性を映す鏡です。食、風土、季節感、接客、しつらえ、地域文化を一体として体験させる旅館は、土地利用転換が文化的に深まる成熟段階で、決定的な役割を果たします。
第三に、遷移段階に応じて打ち手を変えることです。外部流入需要と土地利用転換力が強い成長期のエリアでは、需要を捕まえる客室供給とブランド戦略が鍵になります。外部流入需要と回遊・滞在需要が強い成熟期のエリアでは、単価戦略と顧客選別が鍵になります。住民との共生段階に入ったエリアでは、地域に根を下ろした文化的価値の提供が鍵になります。
そして第四に、自分の街がまだ到達していない伸びしろを見極めることです。どの街にも、まだ磨ける価値と、つなぎ直せる需要があります。それは裏返せば、私たち宿泊業が、その可能性を切り拓く当事者になり得るということです。
(9)最後に
都市の将来は、人口だけでは決まりません。基礎需要、外部流入需要、回遊・滞在需要、土地利用転換力という四つの力がどのように組み合わさり、どのように時間をかけて変化していくかによって決まります。
人口減少時代にあっても、日本の都市や地域にはなお多くの可能性があります。それを引き出す鍵の一つが、宿泊業です。
宿を見ることは、その土地の誇りを見ることです。ホテルと旅館を通じて都市と地域の価値を見つめ直すことは、これからの日本の未来を見つめ直すことでもあると、私は考えます。
株式会社日本ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




