決められたセリフを、あたかも自分の内面から発せられたかのように表現するのは難しい。私ごとで恐縮だが、昨年、80歳にして総合芸能学院に入学し、タレント活動を開始した母も本読みではかなり苦労しているらしい。それでも最近では、ホームセンターの商品CMや健康食品のモニターCMなどにも出演し始めている。演技のコツはセリフをうまく言おうと思わないことらしい。
さて、接客現場での料理説明の話。先日、某レストランで研修成果テストを実施した。対象は6カ月以上勤務しているパート従業員で、テストのレベルも4段階のうち最も基本の「基礎編」だ。
ちなみに、接客レベルを測るテストは4段階あり、「基礎編」を合格すると「中級応用編(洋室)」「中級応用編(和室)」と進み、最終は「上級応用編(特別室)」となる。上級編は同社社長の接待席対応もあり、宴席で社長が「いつもの」と指示した場合、どのような飲料を用意すればよいかといったディープな対応も含まれる。
これに対し「基礎編」は基本動作や所作に加えて、敬語を正しく使えているか、決められた通りに料理提供ができているかといった基本業務の達成度を重視している。
基礎編の中で最も苦労するのが、料理説明だ。
献立に書かれたことをそのまま読むのはNG。読めば分かることをもったいぶって言う必要はない。使っている食材や調理法を正しく説明できているか、また、食感や季節感を「味言葉」を使って表現しているかなどが評価のポイントだ。
一方、上座客と下座客に全く同じ言い方で料理を説明したり、全員に提供してから「それでは、お料理のご説明をいたします」とおもむろに説明を始めたりするのは減点対象となる。後者についていえば、接客係が料理説明をしている間、顧客は料理に箸も付けられず、ただ待たされるだけだ。中には「箸を付けながらお聞きください」と一言添える係もいるが、上座客が遠慮して箸を付けなければ、結局のところ下座客が料理を口に運ぶことはできない。我慢を強いることになる。
ここでの正解は、上座から順に、一言二言、料理説明を添えながら提供していくことである。そうすれば、最後の顧客に料理を提供する頃には、料理説明は大概終わっていることになる。
顧客一人一人に違った言葉を使って説明あるいは表現していくことで、ライブ感が生まれ、場の雰囲気も和やかになる。
また、テスト終了後には気の利いた料理説明や顧客が興味を持ちそうな話題、言葉遣いを公開し、情報共有を図っていくことで、さらに質の高いサービスを目指す。
母いわく、「セリフがうまく言えなくても、思いがあれば心は伝わる」。料理説明とは、元来、料理に懸ける思いを伝えることが、真の目的なのかもしれない。