【私の視点 観光羅針盤 170】観光立国の虚実 北海道大学観光高等研究センター特別招聘教授 石森秀三


 古い話で恐縮であるが、私は2003年1月から4月にかけて何度も首相官邸に出向いて、「観光立国懇談会」の会議に参加した。当時の小泉純一郎首相の発議で日本は観光立国を目指すことになり、今後の観光立国政策の在り方について提言を行うのが懇談会の目的であった。

 私は懇談会提言の起草委員を命じられ、主として「観光立国の理念」について起草を行った。それから15年の歳月が流れ、その間に観光庁が設置され、03年に521万人であったインバウンドが17年には2869万人へと激増した。そういう意味では日本は観光大国への道を着実に歩んでいる。

 観光立国政策が実を結びつつある中で、10月に北海道の江差町で一つの出来事が生じた。江差町役場前に「江差町は 私達を 見捨てるのか!」という看板が江差旅館組合によって設置された。町役場がホテルの新築などに最大1億円を交付する公募事業を発表したことに対して、旅館組合は宿泊客が減る中で死活問題だということで強く反発し、看板の設置に至った。

 江差町観光統計をみると、小泉首相が観光立国宣言を行った03年の観光入込客は約56万人、宿泊客は約5万9千人であったが、16年には観光入込客は約35万人、宿泊客は約2万1千人へと大幅に減少。

 日本の観光立国の着実な成果とは裏腹に江差町では03年以来、確実に観光客数が減少しており、特に宿泊客の減少が著しい。町役場はじり貧状態打破のために宿泊施設新築に対する交付金を用意したが、既存の旅館組合は死活問題として大反対しているわけだ。日本の観光立国の哀しい現実が露呈しているといえる。

 もちろん江差町が全く観光魅力のない町というわけでは決してない! 江差町は昨年4月に「江差の五月は江戸にもない~ニシンの繁栄が息づく町」というストーリーで、北海道初の日本遺産に認定されている。

 また、江差町の「姥神大神宮渡御際と江差追分」はすでに北海道遺産として選定されている。とはいえ、特に冬季には大きなイベントがないために通年集客が課題になっている。江差町はすでにDMOの立ち上げを検討していて、観光による地域活性化に腐心している。

 ところが江戸時代に廻船問屋などを営んだ「横山家」は北海道指定有形民俗文化財として一般公開されていたが、8代目当主の急逝によって6月から休館している。遺族は公的機関による維持管理を望んでおり、早急に対策が講じられる必要がある。

 日本では大きな災害が相次いでおり、国土強靭(きょうじん)化のために巨額の国費が投入されているが、消滅の危機にある貴重な文化財に対しては冷ややかだ。

 国土強靭化のための「社会資本」整備に巨額の国費を投入するのと同様に、観光立国化のための「文化資本」整備にも国費を投入すべきだ。人間の生命が尊いのと同様に、地域の貴重な文化財もまた尊いことは言うまでもない。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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