
有馬温泉観光協会長・御所坊社長 金井啓修氏
高次元化・成熟社会への対応を
超高級ホテルやリゾートホテルの開業や、既存旅館などの高付加価値化の取り組みのニュースが流れてくる。ご多分に漏れず弊社も補助金などを活用して施設の改修を行っている。
その際に基本に据えている考え方がある。それは「高次元化・成熟化社会に対応できているかどうか」だ。高次元化は今でいうSDGsへの対応。成熟化とは一見相反するものを同時に組み込んでいるかどうか。つまり西洋的と東洋的、合理的と非効率、最新とクラッシック等、相反する要素を組み込むことだ。それらを組み込むことで、時間がたっても陳腐化するのではなく艶が出るようなものを造りたいと考えている。
今までの経験の中で、「これは素晴らしい。取り入れたい」と思っても弊館ではできないことが多々あった。その一つがルーフトップバーであり、絶景の露天風呂である。憧れのバンコクのルーフトップバーを頭に描きながら、神戸と京都のルーフトップバーに行った。良くできていたがバンコクに比べると劣ると思った。だとしたら弊館に設けてももっと陳腐なものになってしまう。それで頭の中が吹っ切れてリセットされ、瞬間に“物干し場”が浮かんだ。弊館の屋上には、かつて浴衣を洗濯して干していた大きな物干し場がある。子供の頃はそこが遊び場で、洗濯物の間をローラースケートで遊んだ思い出の場所だ。
平面の物干し場に長屋の屋根にあるように複数の物干し場を作り、そこに湯船を組み込むことを考えた。その構想を設計士に伝えたが彼には理解できないようだった。物干し場があったのは昭和30年代だから若い設計士には理解できないのだろう。そこで僕は簡単な模型をつくって彼に示した。そのような話をSNSで流すと、ベネチアにも「アルターナ」という物干し台があり、洗濯物を干すだけでなく日光浴や景色を見ながら食事を楽しむ場所だという情報が寄せられた。そう知ってから屋上に上ると、有馬の街の風景も個性的で悪くはない。水着着用だと男女問わず楽しめて酒も飲める。新しいタイプの露天風呂だと思う。名称は「アルターユ」と名付けた。アルタはイタリア語で高い。ユは湯。これで新旧、洋の東西、成熟化に対応する要素がつながった。
インバウンド客が戻ってきており、欧米豪の人たちが極端に増えてきた。今考えているのは、彼らにアルターユをどうやって案内するかだ。彼らが楽しんでいる光景を日本人が見たらびっくりするだろう。新しい温泉入浴光景だ。
「や!どや?」と人を驚かすことができるのが宿屋の主人の醍醐味(だいごみ)だ。さあ、そろそろ本格稼働を始めたい。