
このところ週末になると、下の妹がパンを焼いてくれる。どうやらハマっているらしい。子どもの頃、母がよく、犬や猫、パンダなど、動物の形のパンを作ってくれた。筆者自身も大人になってから何回かチャレンジしたが、かなり面倒だ。工程が多い上、途中で一次発酵やいったん休ませるベンチタイム、二次発酵などがあるから時間も掛かる。
それに、生地をこねたり叩きつけたりするのは重労働だ。妹の様子を見ていると、筋肉痛にならないかと心配になる。普段から調理の際、機械に頼るタイプの筆者、フードプロセッサーでこねちゃえばいいのに、とか、ホームベーカリーを使えば発酵まで一気にやってくれるよ、とかススメてみたのだが、妹いわく、これを手作業でやることに意義があると耳を貸さない。修行僧みたいだ。いや、もしかしたら生地を台に叩きつけるたび、憎たらしいヤツのことを思い浮かべて、ストレスを発散させているのかもしれない。
いずれにせよ、この作業さえなければどれだけ楽かとパン作りの経験者なら誰しも思うらしく、ネットで検索すると「こねないパン」というレシピが人気を博している。でも、そもそもなぜパン生地はこねないといけないのか?
妹はいつも、オーブンの中を見ながら心配そうに「ちゃんと膨らむかなぁ」とつぶやく。そう、パンは焼きあがった時、おいしそうにふっくらと膨らんでいなければならないのだ。
じゃあ、どうして膨らむのか? それはイースト菌がパン生地に含まれる糖を分解、アルコールと炭酸ガスを生成するからで、この炭酸ガスの作用でパンが膨らむのだ。だが、ガスが漏れてしまったら膨らまない。そこで、グルテン膜の力を借りるのである。
小麦粉には、グリアジンとグルテニンというタンパク質が含まれている。水を加えてこねると、これが粘性と弾力性のあるグルテンに変化する。このグルテン膜がガスを生地に封じ込める役割を果たすのだ。こねればこねるほど強い膜になるため、ガスをしっかり保つことができ、よりふっくら膨らむ。だから、労力をいとわずこねなければならないというワケ。
だが、先述の通り「こねないパン」もある。手法はさまざまだが、先駆者は米NYの人気店「サリバン・ストリート・ベーカリー」のジム・レイヒ氏。NYタイムズ紙で紹介され、大反響を呼んだ。何と42%も加水し、かつ18時間発酵させることで、手でこねるのと同じぐらい強力なグルテンを作ることに成功したのだ。
わが家のブーランジェ(パン職人)は、ひたすら手でこねる。この作業って無になれるという、パン作り愛好家のSNSを発見した。やっぱり修行僧だ。でもそのおかげで、原価率関係なしにどっさりオリーブを入れたパンがいただけたり、休日の朝パンの焼ける幸せな香りに包まれ、焼きたてパンで口福なひと時を過ごせるのだからありがたい。妹の「マイブーム」が、長続きしますように!
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。