業界の地位向上は最優先課題
民泊解禁、深刻な人手不足、頻発する自然災害に伴う風評被害と、旅館・ホテル業界を取り巻く問題が山積している。これらの問題に全旅連(全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会)はどう立ち向かうのか。年頭に当たり、多田計介会長(石川県・ゆけむりの宿美湾荘社長)に2019年の展望と方針を聞いた。(東京の全国旅館会館で。聞き手=本社・森田淳)
――2018年を振り返ると。
多田 まず、民泊問題。全国の都道府県旅館ホテル組合理事長をはじめ、組合員の皆さまのおかげで、民泊営業を規制する地方での条例制定を可能にするなど、一定の成果を収めることができた。6月15日の民泊新法(住宅宿泊事業法)施行直後、民泊の宿泊シェアはわずか0.3%にとどまっている。これはわれわれが声を上げたことによる成果だ。全国の同志がまとまり、同一行動をすることの大切さを改めて感じた。
ただ、問題はこれで終わったわけではない。役所に届け出をしない闇民泊が依然、横行している。ゴミ出しや騒音の問題も取り沙汰され、先日は家主不在型民泊で殺人事件も起きた。新法は施行から3年後に見直されることになっている。その時に向けて、業界として問題点を整理し、しっかりと対応しなければならない。
――民泊施設の役所への届け出件数が伸び悩んでいるのは、届け出の手続きが面倒だからという報道があった。
多田 マスコミは本当に理解をしているのか。私から見れば面倒でも何でもない。人の命を預かるのに、面倒とはどういうことか。われわれ旅館・ホテルはさまざまな規制があり、それらを全てクリアして営業している。民泊などのシェアリングエコノミーは社会的ニーズがあるから生まれたのだろうが、安心・安全をないがしろにしていいわけはない。事業者は自覚をもって取り組んでもらいたい。
――宿泊業界の人手不足が深刻化している。
多田 外国人労働者の受け入れが議論されているが、われわれ業界も積極的に受け入れなければこの先やっていけない。そのため技能実習生や、新しい在留資格者の受け入れに向けて、われわれ宿泊4団体で新しい機関「一般社団法人宿泊業技能試験センター」を設立したところだ。
全旅連ではさらに、ベトナムの政府機関の観光総局や、ハノイ大学などベトナムの9大学と人材の交流や教育に関する覚書を締結した。今後、双方で連携し、ベトナムの多くの人材が日本の旅館・ホテルで働けるよう体制を整備する。
ベトナムに的を絞ったのは、ベトナム人が親日的であることや、勤勉であること、家族を大切にする国民性が日本人に似ていることから、日本の旅館・ホテルにもなじむだろうと思ったからだ。
もはや人材は世界で取り合いになっている。われわれは一刻も早く動かなければならない。この課題はスピード感をもって取り組む。
――昨年は自然災害も多く発生した。
多田 多くの組合員が風評被害を受けた。ただ、自身が苦しんでいる中でも、被災者やボランティアの方々を無料で温泉入浴に招待するなど、社会貢献活動を積極的に行っている組合員がいる。本当に頭が下がる思いだ。全旅連としては、被害を受けた組合員を救済するとともに、われわれ宿泊業界はいざという時、社会に役立つ存在なのだということを、世間に広くアピールしていきたい。
――19年のスタート。今年はどんな年に。
多田 17年6月に会長に就任し、今年6月で1期2年の任期が終わる。
2期目に向けて既に立候補を表明しており、6月の総会で認められれば再び2年間、会長を務めることになる。
2期目のスローガンで掲げるのは「夢、百年」。昨年は各地域で60周年を迎えた旅館・ホテル組合が多かったが、さらに先に向けて、われわれ業界が発展するための下地を作りたい。「昔は良かった」「僕らの時代は良かった」で終わっては駄目。30年、40年先を見据えて、しっかりとした将来像を定めて、それに向かっていく。
人口減少時代を迎え、われわれ組合員も減少が続いているが、その中でもわれわれは生き残っていかなければならない。われわれを取り巻く環境が著しく変化している。日本だけでなく、世界全体の枠組みがとんでもないスピードで変化している。われわれはそれに対応しなければならない。
私の1期目は激動の1期目で、先を見据える余裕が正直、あまりなかった。だが、近視眼的にものを見ていては駄目だ。希望に満ちあふれた未来にするために、広い視野で物事を見据える。
――取り組むべきテーマは。
多田 まず、観議連(自民党観光産業振興議員連盟)や関係省庁との連携強化。良好な関係を構築することは、国などの方針や動向をいち早くキャッチすることにつながり、業界を取り巻く問題にも迅速に対応できるようになる。
深刻化する人手不足の解消に向けた取り組みも引き続き行う。国内の人材をうまく調達できる仕組みを調査、研究するとともに、外国人材の受け皿づくりを進める。
生産性向上の取り組みは、政府の進めるところであり、先行着手した日本旅館協会もおられるが、全旅連の所管省庁の厚生労働省も力を入れているので、われわれも当然取り組んでいかねばならない。人手不足への対応は、外国人を含めた人材確保と、生産性向上のセットで取り組むべきだ。
自然災害への備えも必要だ。昨年に限らず、近年は地震、風水害など自然災害が多発し、われわれはそれに伴う風評被害を受けている。この解消に向けた調査、研究を行う。地方自治体とわれわれ旅館・ホテル組合との連携協定締結も促進したい。私の地元の和倉温泉も行政と協定を結んだ。災害時の救援活動に積極的に取り組むことは業界全体のイメージアップにもつながる。
ほかに、旅館・ホテルの事業承継に関する相談窓口設置に向けた研究、旅館・ホテルにおけるセキュリティ、決済、販路拡大サポートの各システムの研究、施設の余剰スペースを活用した新しいビジネスの研究などに取り組む。旅館・ホテルにも導入が義務付けられる食品衛生管理のHACCPについては、シルバースター部会経営研究委員会が中心となり、日本食品衛生協会の協力を受けて、3月にも手引書が完成し、組合員の皆さまに配布する予定だ。
民泊については法律の見直しが行われることを視野に、われわれ旅館・ホテルとのイコールフッティングをさらに訴えていきたい。お客さまの安心、安全を担保するために、民泊にもわれわれ旅館・ホテルと同等の規制があってしかるべきだ。
一方で、われわれ旅館・ホテルが対象となっている風営法については、もはや時代錯誤であるので、われわれ業界を対象外とするよう、省庁や関係機関に強く働きかける。
――風営法の問題は組合員からよく指摘を受ける。
多田 雇用調整助成金など、各種の助成金や補助金を受ける場合、風俗営業は対象外とされる。旅館・ホテルはそのつど、条件付きや例外で認められるのだが、常にそのような注釈付きだ。
さらに、人手不足の問題とも関連するが、学校の先生や親御さんから「大事な子どもを風俗営業法に抵触する企業に送り出せるか」と言われてしまう。
風営法の縛りから脱却できなければ、われわれ旅館・ホテルはいつまでたっても社会的地位が向上しない。業界全体の問題として取り組まなければならない。
これら一連の問題に対し、対処療法というよりも、根本的な治療を行い、問題が再発しないよう努める。全旅連の中の各種委員会で調査、研究を行う。
――今年はラグビーのワールドカップ(W杯)が国内12都市で行われるほか、ゴールデンウイークは10連休になる。地方にもかなりの人が動くと見込まれている。
多田 連休は海外に出掛ける人がいたり、あるいは予期せぬ天変地異が起きたりする可能性もなくはないが、われわれにとっては少なくともマイナスの材料ではない。
海外から日本に来るお客さまは、特にリピーターになると、奥へ奥へと進む傾向がある。そこでいかに各地の魅力を感じていただけるかだ。地域の資源に磨きをかけ、宝の持ち腐れにならないよう、われわれは努めなければならない。
私は今から30数年前に和倉温泉に来たのだが、目の前に広がる輝くような海を見て、「こんないい場所で仕事ができるのはいいなぁ」と感動したものだ。しかし、地元で生まれ育った人に言わせれば、それが当たり前らしい。「海が商品になる」と言っても、当時は笑われてしまった。それぐらい価値観に違いがあった。
観光で来るお客さまが何を求めているのか。われわれは知る努力をしなければならない。これがインバウンドを含めて、お客さまを誘致する上で取り組むべきことだ。
――全国の組合員旅館・ホテルに年頭のメッセージを。
多田 全旅連の事業に対し、日頃から多大なご協力をたまわり、改めて感謝を申し上げたい。
47都道府県の旅館ホテル組合理事長、組合員の皆さまとの強固な結束があったからこそ、懸案だった民泊問題も一定の成果を収めることができた。
人手不足など、業界を取り巻く環境は依然、厳しいが、今年のラグビーW杯、来年の東京オリンピック・パラリンピック、さらには25年の大阪万博開催決定と、今後に向けて明るい材料がそろってきた。
観光は日本の成長戦略の柱に位置付けられている。われわれ全旅連は昨年、定款を変更し、目的に「観光立国の実現推進」を追加した。国の観光に関わる政策にも堂々と関われるようになった。
業界を取り巻く諸問題の解決、さらには組合員旅館・ホテルの皆さまに資する観光立国実現に向けた取り組みを積極的に進めてまいりたい。皆さまのご支援、ご協力を引き続きお願いしたい。
多田会長