
旅行形態が団体から個人へシフトし、貸し切りバス事業が逆風下にあるとするなら、個人客を対象とする乗合バス(具体的には高速バスや空港連絡バス、路線バス、定期観光バス)は追い風を受けているはずである。
確かに、富士五湖や湯布院など特定の観光地へ向かう高速バス、空港連絡バス、「はとバス」など一部の都市での定期観光バスはFITの利用が急増している。しかし、その波が全国の事業者にまで広がっているとは言いづらい。
事業者にとっては、需要波動が大きい観光客輸送は、事業として効率がいいとは言えない。また、多くの事業者は「地元住民のために公共交通を維持する」ことに使命感を覚えている。国や自治体からの補助金も、原則として地域住民の足を確保するためのものである。多くの事業者で自分たちもツーリズム産業の一員だという意識は希薄だ。
一方、旅行者にとっても、これらのバスを活用しやすい環境の整備は不十分だ。
まず、バスという輸送モード自体、「純粋想起率」が低い。どこかに出掛けようと考えた際、鉄道や航空は普通に頭に浮かぶが、選択肢の一つとしてバスを思いつく人は少ないだろう。鉄道だと乗り換えが必要な区間で、直通する高速バスの方が速くて便利な場合でも、それは変わらない。
着地型商品として理想的な、多様な定期観光バスが運行されている場合でもそうだろう。貸し切りバス(発地型バスツアーなど)の印象が強すぎて、乗合バス(高速バスや路線バス、定期観光バス)の想起を妨げているという理由もあるだろう。
停留所の位置や予約方法などの分かりにくさが利用を遠ざけているというのも確かだが、そもそも、バスという選択肢を思いついてもらえないことの方が大きな問題だ。
バス事業者の情報発信不足という側面は否定できないだろう。一方で、この問題は、わが国の旅行流通のあり方が、団体旅行やパッケージが華やかだった「昭和」の時代から抜け出せていない、という現実もまた、示している。
(高速バスマーケティング研究所代表)