昨年末、開湯1300年の香川県高松市に湧く塩江(しおのえ)温泉に行っていました。讃岐の奥座敷として長く愛されてきた温泉地です。
とにかく空気がおいしい。温泉街の真ん中を流れる川沿いに旅館と日帰り入浴施設が並び、少し歩くと白桜の滝があります。川沿いも、そしてさらに滝に近づくと一層、空気のおいしさが際立ちます。私は何度も深呼吸して清らかな空気を体に取り込みました。ここで湯治したら日常には戻れなくなりそうです。国民温泉保養地たるゆえんですね。
日帰り入浴施設「行基の湯」でお湯を頂戴しました。硫黄泉で肌触りはさっぱり。皮脂が流された感じがしますので、湯上がりは保湿クリームをたっぷり塗りました。
素朴だからこそ、温泉地の存続の危機。今回の訪問は観光庁の専門家派遣事業で、塩江温泉の街の整備や新規の施設を作るお手伝いでした。かつて奥の湯という地元の方々の憩いの湯がありましたが、建物の老朽化で現在は営業していません。地元の方の強い希望で新しく入浴施設が造られるのです。
ちなみに塩江地区はうどんではなくそばを食べるのだそうで、この日の昼ご飯はおそば屋さんでいただきました。
翌日は金比羅(こんぴら)さまに参拝した後に、話題の「うどんタクシー」を体験しました。
90分コースで2杯を食べ比べ。周辺には900軒のうどん屋さんがあるそうですが、麺のコシやだしの違いがそれぞれにあるそうです。
待ち合わせ場所に行くと、タクシー頭上には、うどんと書かれた文字プレートがどんぶりの中に浮いているあんどんが輝いていました。車体も「うどんタクシー」と明記。
タクシーが走り出すと、少しなまりのある語りで、運転手さんがうどんのことを話す、話す。語りが止まりません。それもそのはずで、筆記試験やうどん解説の実地試験、うどんの手打ち体験を経た「うどん専任ドライバー」さん。さらに無類のうどん好きときているので、うどん解説も、熱が入るのでしょう。主観も加わり、それがまた味がある。
私は、ぶっかけの「山下うどん」とかけうどんで知られた「宮川製麺所」を案内していただきました。
山下うどんでは、ドライバーさんとスタッフの女性がご友人だそうで、その女性が讃岐うどんを食べる心得を語る。こうした旅先の出会いこそが、旅の醍醐味(だいごみ)。
実は、うどんタクシーだけでなく、新潟県三条市は背脂ラーメンタクシー、青森県弘前市はアップルパイタクシー、軽井沢はスイーツタクシー、金沢は金澤寿司(すし)タクシーなどがあり、長野県栄村では秋山郷温泉タクシーがあるのです。秘境・秋山郷の秘湯を回ってくれます。それらを総称して「ご当地タクシー」といいます。それぞれを象徴するあんどんがまたかわいく、地元のドライバーさんが愛をもって語られるのだろうなと想像するだけで、私は和んでしまいます。
(温泉エッセイスト)