【寄稿】コロナ禍と日本の観光~課題と展望~ 立教大学観光学部教授 東 徹

  • 2022年5月10日

コロナ禍からの脱却に向けたプロセス~3つのフェーズ~

 2020年から始まった新型コロナの世界的感染拡大によって、わが国の観光は深刻な痛手を被ることとなった。2022年に入って、これまでの最大規模となった「第6波」が襲来し、感染収束による観光の復活を期待するにはなお厳しい状況が続いている。

 国際観光の復活には、ワクチンや治療薬の開発・普及によって、感染がある程度収束し、各国の出入国規制(入国制限、隔離期間等)が緩和されることに加え、人々が新型コロナに対する恐怖心・警戒心を緩め、海外旅行に懸念なく出発でき、インバウンドを抵抗なく受け入れることができる環境が整うこと、さらには、国際観光に欠かせない航空便の復活が何より求められる。国際観光の早期回復が容易には見通せない中、当面は国内需要の復活を目指した「内需振興型」の取り組みにシフトする必要があるのは言うまでもない。

 2020年以降、現在の第6波に至るまで、減少と再拡大を繰り返し、人流抑制による感染拡大防止に向けて何度となく「不要不急の外出」(観光は当然この範疇(はんちゅう)に入る)を自粛するよう呼び掛けられてきた。こうした状況にあって、国内においても全国規模での観光の活発化が感染拡大を招くリスクがあるとする抵抗感・警戒感がなお根強いことを思えば、比較的近距離の範囲内で行われる「近隣観光・地元観光」から始め、段階的に観光需要の回復を図ることが望ましいものと考えられる。観光産業に対する政策的な支援においても同様に、状況に応じて求められる支援を段階的に行う必要がある。

 ここでは、感染拡大によって需要が激減し、事業の存続すら危ぶまれる状況にある段階から、徐々に需要が回復し、やがて前向きな取り組みに転換していく過程を3段階に分け、想定されるシナリオを検討してみたい(図)。

第1フェーズ:「耐える段階」

 第1フェーズは、新型コロナの感染拡大によって需要が大幅に減少し、事業の存続や雇用の維持が危ぶまれるような状況である。この段階を「耐える段階」と呼んでおこう。新型コロナの感染拡大が断続的に続き、「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」が繰り返し発出され、飲食店の営業やイベントの開催が制限され、人々の行動の自粛が求められるなど、観光需要が期待できるような状況にはないことから、観光関連事業者が「自助」によってこの状況に耐え抜くことは困難であり、事業の存続と雇用の維持を図るためにも「公助」として、事業者への直接支援(雇用調整助成金の特例措置、給付金の支給等)が求められる。雇用の維持は、地域経済への悪影響を食い止める必要からだけでなく、近年の慢性的な労働力不足に悩む宿泊業者にとっては、コロナ禍から立ち直り、自立していくために必要な人材を確保しておく意味でも重要な課題であろう。加えて、事業の存続に向けた資金確保のための金融支援(公庫によるセーフティネット貸付等の資金繰り支援、民間金融機関による実質無利子・無担保融資、劣後ローン等)も必要となろう。ただ、金融機関からの借入拡大による負債が今後の経営を圧迫する事態を招くリスクもあるため、資金調達、金融支援には慎重さもまた求められる。

 「耐える段階」の途中から、近隣・地元観光を少しずつ増やし、受け入れる取り組みが求められる。感染が収まらない中での観光客、特に東京や大阪など感染者の多い大都市圏からの観光客の受け入れに警戒感を抱く人々が少なくない状況では、国内観光が短期間に急速な回復をみせるとは考えにくい。まずは移動距離の短い近隣・地元観光の需要喚起が必要であろう。近隣・地元観光は、地域の観光産業を支える消費を促すことはもとより、身近な地域の魅力を再発見・再認識することで、地域に対する誇りや愛着を育む機会としても重要である。しかしながら、近隣・地元観光は日帰りが多く、消費額が少ないため、経済効果はさほど期待できないのではないかとの懸念もあり、日帰り観光需要をいかに宿泊需要に転換するかが大きな課題となる。都道府県による地元限定の宿泊割引といった行政支援も必要となるが、こうした支援に頼るだけでなく、地域観光の経験価値を高める工夫をし、「訪れる理由、泊まる意味」を創造し訴求することが求められる。「帰ろうと思えば帰れる距離」ではあるが、「泊まっていきたくなる宿」があれば、日帰り観光をより消費額の多い宿泊観光に転換させられる可能性が高まる。近隣・地元観光における消費額を高める鍵を握るのは宿泊施設であることに留意すべきであろう。

第2フェーズ:「立ち直る段階」

 ワクチンや治療薬の開発・普及で、人々の行動の自粛や移動に関する抵抗感や警戒心が緩和され、国内需要回復に向けた本格的な取り組みが始まる段階が「立ち直る段階」の前半期である。この段階では「公助から自助へ」の転換、すなわち、公的支援によって危機をしのいだ事業者が自立化に向けて徐々に経営努力を積極化することが求められる。この段階では、「ワクチン・検査パッケージ」等、感染防止を担保する仕組みを前提にしながら、国内旅行需要の回復に弾みをつけ、事業者による集客努力を支援するために、全国規模での旅行需要喚起策が展開されることが効果的であろうと考えられる。国による旅行需要喚起策は、公的な支援ではあるが、直接支援とは異なり、その効果は結局「顧客の選択」に委ねられる。そのため、多くの顧客の選択を獲得しえた事業者とそうでない事業者の間に支援効果の差を生んでしまう。その意味で「自助」を前提とした支援策であることを忘れてはならない。まさに「名指しで選ばれる価値のある宿」に向けての自助努力が求められる。

 事業者が自助努力を通じて体力を徐々に回復し始める「立ち直る段階」の後半期は、世界的に感染収束の兆しが見え始め、ワクチン接種や検査結果による入国制限・隔離期間等の規制が緩和されて、インバウンドや海外旅行需要が徐々に回復し始める時期である。多国間で通用する「ワクチン・パスポート」(ワクチン接種済みであることを証明する公的証明書の総称)が広く普及することも国際的な観光往来を回復させる上では必要となろう。

第3フェーズ:「前へ進む段階」

 「前へ進む段階」では、新型コロナの感染がほぼ収束するか、「死に至る病」という恐怖感がなくなって、まさに「アフター・コロナ」(あるいは「ウィズ・コロナ」が続く?)時代の観光が本格的に始まる段階である。航空各社の体力も回復し、国際線の航空路線ネットワーク、座席供給数もコロナ前の2019年レベルに回復して、インバウンドや海外旅行も本格的に増加し始める(IATAは、2023年に世界の航空旅客輸送が2019年比105%まで回復すると予測している)。コロナ禍で抑制されていた観光需要が爆発的に増加する可能性も指摘されている。

 この段階を迎えるまでに、観光や地域振興のあり方に関するビジョンや戦略がないと、コロナ前に指摘されていた問題点(特に「オーバーツーリズム」)が再燃するようになるとの懸念がある。量的拡大のみを目指して規模拡大一辺倒の観光政策を続けることが、住民生活にとっても、観光客の体験の質にとっても好ましくない結果を生み出すことは、既にコロナ前に問題視されていた。なんら反省のない状態で同じ轍(てつ)を踏むことは避けるべきであろう。

 「前へ進む段階」では、「進むべき方向性」、すなわち観光振興・地域振興が目指すビジョンと、その実現に向けた戦略を明確にし、観光振興・地域振興に関わるアクターにそれを共有し、共感を得ながら、それに沿って地域の観光価値の共創に取り組むとともに、住民の生活環境に配慮しながら、観光の質を高め維持するよう観光需要を適切にコントロールするマネジメントが求められる。

コロナ禍がもたらした「観光」の可能性

 新型コロナがもたらした極めて大きな社会的インパクトは、「オンライン化」の加速であろう。もちろん、企業規模や業種などによっても差がみられるであろうが、テレワークをはじめ、「働き方の変化」が起こり、社会的潮流になりつつある。コロナ禍の中で生じた「働き方の変化」がどの程度定着するかは、なお未知数ではあるものの、観光とこれに関わる産業や地域にとっては新たな可能性や課題が見え始めてきた。

「働き方の変化」がもたらす可能性

 一つ目は、テレワークの普及・定着は、新型コロナ感染収束後の旅行関連産業(人々の移動需要を収益機会とした事業を行う企業群)にとって需要構造の変化をもたらすという点である。テレワークの普及による通勤客の減少に加え、会議や商談などのビジネス目的の出張旅行が減少すれば、旅客輸送事業におけるビジネス客の割合が低下し、相対的に観光客への依存度が高まることになる。交通機関だけでなく、これまで出張等ビジネス需要を受け入れてきたシティホテルやビジネスホテルにとっても同様の変化が生じることは予想に難くない。

 ビジネス客と観光客とでは、需要の発生時期や価格弾力性など、顧客セグメントとしての性質が異なる。相対的には、必要に応じて逐次発生し、価格弾力性も小さい傾向があるビジネス客に比べて、早期に予約が入るが、価格弾力性が大きい傾向がある観光客の比率が高まることになる。つまり、相対的に価格に敏感で、需要が価格に左右されやすい顧客層への依存度が高まることで企業の収益性が低下することが予想される。

 二つ目は、「働き方の変化」によって新たな需要が生じる可能性である。ワーケーションやサテライトオフィスなど、コロナ禍を契機に、地方や宿泊施設での「新たな滞在スタイル」が生み出されつつある。コロナ禍の中、好むと好まざるとにかかわらず、在宅勤務を強いられ、テレワークを経験したことで、人々は、会社に出勤しなくても、PCとインターネット(Wi―Fi)さえあればどこでも仕事ができるということに気づき、これからの新たな働き方・休み方、それぞれの時間と場所を自由に選べる生活スタイルを思い描いたのではないだろうか。ICT環境が整ってさえいれば、自然豊かな環境の中で快適に仕事をすることができ、適宜リフレッシュすることもできる。そうした仕事と休暇の融合した新たなスタイルが「ワーケーション」(work+vacation)と呼ばれ、注目され始めている。ワーケーション需要に対応すべく、テレワークとリフレッシュが可能な空間・サービスを提供する新たな宿泊・滞在プランを設ける宿泊施設が増え始めているほか、施設内にサテライトオフィスを設け、東京の企業を誘致した温泉宿泊施設もある。また、1カ月に及ぶ長期ステイプラン(サービス・アパートメント)など、新たなホテル滞在スタイルも注目されている。

 これまで、休暇条件の制約もあって、滞在型観光、あるいはリゾートライフを楽しむ需要がなかなか広がりを見せてこなかった日本の観光市場にあって、ワーケーションが注目され、普及する可能性が出てきたことは、地域にとって、新たな滞在スタイルが創出され、それによって交流人口・関係人口を増やす新たな機会をもたらした。既にワーケーションに対応した受け入れ態勢、施設の整備を進めている地域もある。

 ワーケーションという新たな働き方・休み方のスタイルに対して、「オン・オフのメリハリがない」「旅行先まで仕事を持ち込むと楽しめない」などといった疑問や否定的見解を示す人々もなお少なくないであろうし、ワーケーションが普及する上では、企業にとっても、受け入れる地域にとっても、さまざまな環境整備が求められる。少なくとも、企業においては、(1)企業内での制度化(労働時間、休暇制度、賃金体系の調整等)をはじめ、(2)個人が自由に選択できる機会を保証すること、さらには、(3)企業が施設やプログラムの選択肢を提供する、などといったことが期待される。受け入れる地域においても、(1)仕事がしやすく、かつリフレッシュ可能な環境、(2)滞在期間中の生活のしやすさ、(3)地域のサポート、住民との交流機会等、これまでの観光集客策とは異なる環境整備やプロモーションが必要となる。

 「仕事をもって地方へ出かける」という新たな働き方・休み方のスタイルが普及すれば、勤務する場所の自由度が高まるだけでなく、勤務する日・曜日・時間の裁量度、選択可能性をもたらし、それによって地域での滞在期間や来訪頻度にバリエーションを生み出す可能性に加え、土日祝や連休に偏る観光需要の分散化につながる可能性も出てくる。

 コロナ禍を契機としたオンライン化の加速は、「働き方の変化」をもたらすにとどまらず、これからの人々の生活にとって、職・住・遊・休の自由裁量度が増す社会、時代をもたらそうとしているのかもしれない。

テクノロジーがもたらす新たな「観光」の可能性

 コロナ禍におけるオンライン化の加速は、「新たな地域とのつながり方」を生み出した。オンラインで地域とつながりながら、宅配便で取り寄せた地域の生産物を味わう体験をする楽しみ方や、「オンラインツアー」という旅行商品も登場した。いずれも新型コロナの感染拡大によって「リアルな旅行」が封じられた状況下での「苦肉の策」として考案されたものではあるが、新たな「観光」形態を生み出すことにつながる可能性もある。

 オンラインツアーについては、「あれは旅行とは言えない。お金を払ってまで参加する人の気が知れない」とする手厳しい指摘をはじめ、その「商品価値」を疑問視する声も少なからず聞かれるものの、商品数や利用者数は徐々に増えつつある。一方、オンラインで地域とつながる体験をした人の中には、「かえって旅行に行きたい気持ちになった」として、コロナ禍の中で生まれた新たな試みに楽しさを見いだしながらも、「物足りなさ」が残る体験であったと語る人も少なくない。その「物足りなさ」こそがかえって地域を訪れる気持ちをかき立てるプロモーションの役割を果たしたということもできよう。

 こうしたオンライン化によって出現した新たな地域とのつながり方は、「リアル派」にとって、「旅行としては」認めがたいものではあろうが、「新たな地域の楽しみ方」を生み出したことは事実である。観光は旅行を楽しむことであると同時に、旅行を通じて地域を楽しむことである。今後さらにVR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)といったテクノロジーが進歩すれば、それを「観光」と呼ぶかどうかは別として、「旅行を伴わない新たな地域の楽しみ方」が登場する可能性は十分にある。これまでは旅行を伴うことなしに地域の「現実」を見、知り、楽しむことは難しかった。いにしえ以来、「国の光を観る」ためには旅に出る必要があった。しかしいまや旅は、地域の「光を観る」、つまり地域のリアルに触れ、その恵みや持ち味を楽しむための必須条件ではなくなりつつある。

 やがてテクノロジーの進歩によって、オンラインで地域とつながり、VRで地域を楽しむことを「観光」と呼ぶ日が来るかもしれない。そしてそれは、障がいがあって自由に旅行を楽しむことができない人であっても、「地域の光」を見て楽しむことができる「ユニバーサル観光」(あらゆる人が観光を楽しむことができる)の機会を提供することにつながるのかもしれない。オンラインで地域とつながる試みは、テクノロジーの進歩と相まって、ユニバーサル観光という観光が目指すべき一つの理想の実現、ゴールに向けた「もう一つの道」を開く可能性を秘めているのかもしれない。

 その時、現在の旅行業は果たしてその姿をどれだけとどめているだろうか。インターネットが発達したことによって、OTAが新たに旅行業界に参入した。今度は新たなテクノロジーの進歩によって観光の概念そのものが拡張されると、「地域を楽しむコンテンツ」の制作・配信を専門とするまったく新しい形の「観光ビジネス」が登場するかもしれない。今は「オンラインツアーはコロナ禍の急場しのぎにすぎない」などと言っていられるかもしれない。しかしテクノロジーの進歩によって登場するであろう「新たな地域の楽しみ方」が「旅行の代替財」にならない保証はないのである。「リアル派」と「オンライン・VR派」、さらには「両方を自在に使い分けて楽しむ派」といった観光市場の分化が進むのかもしれない。

* * * * * *

 コロナ禍が収束し、観光にとって苦悩の時代が終わることを誰もが願っていることは確かであろう。しかし今考えておくべきは、本当に「コロナ前の観光の状態に戻りたい」のかどうか、という点である。コロナ禍に「耐え」、そこから「立ち直り」、さらに「前へ進む」上で、2019年は、観光や地域にとって、「戻りたい」というほど望ましい状態であったのか、ということを考え直してみるべきではないのか。「インバウンド・バブル」のにぎわいの中で、気づかなかった、あるいは口に出せなかったことをこの機会に考えてみるべきではないのか。「観光客の増加は地域に何をもたらしたのか」「観光客が増えればそれでよいのか」「観光振興が地域の住民生活にもたらしたものは何なのか」「観光立国が目指してきたはずの『住んでよし、訪れてよし』の地域づくりは実現できたのか」、さらには、「量的拡大一辺倒でなく質の高い観光を目指すべきではないのか」「訪れる側も迎える側も双方が互いにリスペクトし合える関係づくりこそ観光が目指すことではないのか」…それぞれが自問し、あるいは地域の中で考えてみるべき時ではないか。

 今はまだ「耐える段階」であり、苦境からの脱出を願うのに精一杯なのかもしれない。しかし、いずれ「立ち直り」、さらに「前へ進む」段階になったとき、観光や地域はどこに向かおうとするのか。そのビジョンと戦略とを構想することが今求められているのではないだろうか。

(※)本小稿は、総合観光学会の学会誌、「総合観光研究」第20号(2022年3月31日発行)に寄稿した拙論の一部を抜粋して再構成したものである。

 

 
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