【地方再生・創生論 254】誹謗中傷なき社会へ 松浪健四郎


松浪氏

 政治家をしていたとき、IT時代に突入すると、批判というより誹謗(ひぼう)中傷が増加した。特に2チャンネルのような匿名で投稿する場では、非人道的な悪意に満ちた記述には閉口した。見なければいいのだが、ついつい見てしまう。政治家も人気商売ゆえ、世間の声が気にかかる。SNSが一般化されると、匿名をいいことに誹謗中傷がエスカレートしてきた。

 2020年5月、会員制交流サイト(SNS)で、信じがたいほどの誹謗中傷で心に傷つけられた女子プロレスラーが自殺した。木村花さん(当時22歳)の死は、SNSのあり方を大きな問題として提起した。日本人が簡単に人の心に傷をつけるなんて悲しいが、その行為が犯罪だと気付かない鈍感さにショックを受ける。SNSが、日本人を劣化させた。

 おそらく悪ふざけなのだろうが、軽い気分で投稿、それが人の尊い命までも奪うとは想像しないのだろうか。匿名の怖さ、己を悪魔に変身させてしまうのだ。で、書かれた人は、衝撃を受け、精神的に落ち込むどころか、自分自身が嫌になったり、人生の希望を失うようになる。木村花さんのお母さんは、娘の死をムダにしないように闘い、記述者をあぶり出してSNSのあり方をただした。勇気のいる行動であったが、お母さんに敬意を表したい。

 これらのことに群馬県の山本一太知事が動いた。政治家だけにインターネット上の記述が、どれだけ被害者を生むかを理解していたのだ。そこで、「インターネット上の誹謗中傷等の被害者支援等に関する条例」を施行させた。2020年12月のことだ。知事と県議会の皆さんに敬意と拍手を贈りたい。野放しになっていた投稿に、加害者にならないように喚起したにとどまらず、社会全体でリテラシー(情報判断力)の向上を図った条例。

 私も毎日毎日、ネットリンチ(私的制裁)を受け、政治家でいることに嫌気をさした。まだまだ社会問題化していなかった時代、私はすっかりコンピューター嫌いになってしまった。刀は使いようだといわれてきたが、まさにIT時代の短所も氾濫していた。木村花さんの事件は政治を動かし、群馬県で条例を生んだ。この動きは大きく、同様の条例を県内の渋川市も目指している。また大阪府の大東市も「群馬モデル」で施行した。かかる動きのあることをうれしく思うが、鈍感な自治体もあるのは悲しい。キーをたたくだけで、人を苦しめる現実を広く知らしめてほしい。

 群馬県の条例は、誹謗中傷を「著しい心理的、身体的もしくは経済的負担を強いる情報の発信」と定義している。ちょっと抽象的な表現ではあるが、裁判に持ち込まれたとしても耐え得る定義である。この条例のモデルとなる優れている点は、ネットを適切に使いこなすリテラシーの向上を書いている点である。全国初の県ネット条例とはいえ、今日的で先見性の高い条例といえる。願わくば、全国の自治体もこの「群馬モデル」に追随してほしい。SNSで犯罪者をつくってはならない。

 誹謗中傷のない社会を創る義務が自治体にはある。ネット上で意見を述べるのは自由だが、健全でない悪意を含む書き込みは許されない。条例づくりに取り組むことは、不適切投稿をなくすことに通じる。憲法で保障される「言論の自由」「表現の自由」を横ににらみながら、法務省も動いている。侮辱罪の厳罰化であろうが、各自治体も敏感に動いて健全な社会創りとインターネットの正しい価値ある使い方の啓蒙(けいもう)に努力すべきである。

 私は、インターネット上で極悪非道人間にされた。匿名による投稿によって、精神的な被害者となった経験者である。群馬県の山本一太知事も相当やられた犠牲者であった。「詐欺師さん」「馬鹿丸出し」「貴方も犯罪者の1人」等々、ツイッターで書き放題では人権などないに等しい。個性的知事であるがゆえ、犠牲者にもなったのだと思う。しかし、先陣を切って誹謗中傷なき社会づくりのために、「群馬モデル」を創られた。拍手したい。

 
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