少し前、「おいしいパンは、生でわかるんです」と人気女優がニッコリほほ笑む、食パンのCMがあった。「オーブンで焼いてるのに、生じゃないでしょ!」とツッコミを入れたくなったが、その「生食パン」が今ブームになっている。キッカケは「高級『生』食パン」で商標登録し、発祥の店を標榜(ひょうぼう)する「乃が美」である。
大阪で2013年に創業した同店、現在全国で234店舗を展開、まさに破竹の勢いだ。47都道府県のうち東京への出店は46番目だったそうで、既にウワサになっていたから、麻布十番店開店時には、すさまじい行列を作ったと聞く。昨秋わが家の近所にも乃が美がオープン。当初は長蛇の列だったが、そのうち曜日や時間帯によって並ばずに買えるようになり、筆者もゲットすることができた。
高級というだけあって、お値段もなかなかだ。レギュラー(2斤)864円(税込み)、ハーフ(1斤)432円(税込み)。冒頭で触れたCMの「ロイヤルブレッド」は同じ1斤が100円台後半で買えるのだから、ムチャクチャぜいたく。公式サイトによると、コレが日本全国で多い日には1日8万本以上売れているというから驚きだ。
創業者の阪上雄司氏は、「大阪プロレス」の経営者でもある。レスラーたちと慰問に訪れた老人ホームで、パンの耳が硬くて食べられないと聞き、また、卵アレルギーのわが子がパサパサのパンを食べているのを見て、耳まで軟らかい卵不使用のパンを作ると決心したそうだ。軟らかくて甘いモノははやるという確信もあったようだ。
パンづくりは素人だったというが、だからこそプロのパン屋にはない発想で商売を成功させたのだろう。販売するパンは、サイズ違いはあるものの、1種類のみ。だから同店にはレジカウンターしかなく、会計がスピーディーで客の回転が速い。さまざまな経費も削減できるに違いない。
今まで食パンを手土産にしようなんて誰も考えなかったが、ロゴやパンを入れる紙袋のデザインにこだわり、手土産や贈答品としての需要を喚起した。その戦略は見事に的中、今や手土産の定番に成長している。それも売り上げアップを支え、大躍進につながった。
ちなみに、「生」という表現だが、生キャラメルや生チョコ同様「口どけの良い」「とろけるような」という意味だそう。食パンなのに「生」で、自ら「高級」を名乗る意外性は、消費者の記憶に残る。コレも大ヒットに貢献しているに違いない。
ブームに乗って、食パン専門店が雨後のたけのこのごとく増えている。先月近所にまた「最高級食パン専門店」がオープンした。コチラは生食用とトースト用、ぶどうパンの3種類をそろえているが、「耳まで軟らかい」「手土産として」とうたっているところは乃が美と同じだ。食べ比べてみたが、どちらもおいしく、甲乙つけ難い。競争は技術の向上を生む。世界でも類を見ないフワフワ食感の生食パン、日本の食文化の一つとして海外デビューを果たす日も遠くないだろう。
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。