【一寸先は旅 人 宿 街 7】インバウンド、危機情報は万全か 神崎公一


 10年近く前の小雪が舞うモスクワで、帰国便に乗るため市中心部のホテルからタクシーで空港に向かっていた。時間には十分余裕があったつもりだった。しかし、大渋滞。成田行きの出発時刻を告げ、急いでくれるよう頼みたいが、運転手は英語が通じない。筆者はロシア語ができない。それでも何とか彼の携帯電話を借り、モスクワに住む日本人の友人に連絡をとり、ロシア語で急いでくれるよう伝えてもらった。

 結論は、滑り込みセーフと思いきや飛行機が遅延で、空港で数時間も待たされるはめになった。今思い返しても、どんよりとしたモスクワ郊外を走るタクシー車内での不安な気持ちは冷や汗ものだ。

 2018年9月、台風21号が西日本で猛威を振るい、関西国際空港で数千人が孤立する事態が生じたことを思い出した。連絡橋が通行できなくなったためだ。テレビは空港ビルで不安そうな面持ちで座り込む多数の人を映していた。その中には、外国人の姿も数多く見られた。台風や地震といった自然災害や大規模な事故などによる交通機関の運休や遅れは日本人でさえあたふたし、混乱する。ましてコミュニケーションの取れない外国人なら不安は倍増する。

 話はさかのぼるが、2011年3月11日の東日本大地震の際も津波と原発事故で大混乱し、日本中が情報不足や未確認情報におびえた。筆者の知人の外国人の中には急きょ帰国したり、関西方面に避難したりした人も多かった。冒頭のモスクワで出発便に間に合うか否かどころではない。広範囲な放射能漏れによって生死に関わるかもしれないと思った日本人も多かった。

 新型コロナウイルスのまん延で激減していたインバウンドが戻りつつある。都内の新宿や銀座辺りでも観光客とおぼしき外国人の姿が目立つようになってきた。観光地の期待は盛り上がり、鉄道や航空会社の株価は上昇に転じた。

 おもてなしに磨きを掛け、和食や日本文化の紹介など、一人でも多くの外国人観光客に喜んでもらおうとの動きが活発だ。外国人向けコミュニケーションは万全だろうか。確かに多言語案内などは広がっているように思える。ピクトグラフ(グラフィック・シンボル)によって、ひと目で案内が分かるようにもなっている。

 通勤途上の電車の中でも、最近は英語のアナウンスを耳にする。ただ、それは定時運行の場合の行先や到着時刻の案内であり、事故や車両故障による電車の遅れ、行先変更など臨機応変の対応となると、日本語に限られるケースが多い。そういう時こそ、せめて英語だけでも情報提供があれば、外国人にとっても不安が解消されることだと思う。

 コロナ禍前、訪日外国人が3188万人と過去最高を記録した2019年はもとより、その数年前から外国人観光客が東京や京都などの定番コース以外の地方に足を延ばしている。また、国や自治体もそれを推進している。地方経済の活性化に貢献するからだ。しかし、地方の交通機関や宿泊施設では多言語対応はおろか英語での案内にまで手が回らないのが実情だろう。

 個人旅行が多い外国人はスマホやパソコンを駆使して、インターネットで旅の情報を得ている。しかし、それは観光関連や交通機関の経路検索などが主であり、緊急事態が発生した場合に迅速かつ正確な避難や危険情報などを把握できるかは疑問だ。

 観光庁も訪日外国人からの「必要情報が載っていない」「内容が難しすぎる」「英語表現が不自然」などの調査結果を受け、外国人地域観光資源の多言語解説整備支援事業を実施している。インバウンドの本格的復活に向けてやるべきことはたくさんある。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)

 
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